声明・決議・意見書

会長声明2025.10.09

司法修習生に対する経済的支援の 抜本的改善を求める会長声明

2025年(令和7年)10月9日

広島弁護士会 会長 藤川和俊

 

第1 声明の趣旨

当会は、国に対し、司法修習生に対する経済的支援に関し、現行の制度(給付金と貸与制の併存)の制度設計を改め、取り急ぎ基本給付金額を、我が国社会全体の賃金・物価上昇に併せて月額18万円としたうえで、最終的には基本給付金の額を国家公務員総合職(院卒)の初任給と同様の水準まで大幅に引き上げるなどして、抜本的に改善することを求める。

 

第2 声明の理由

1 制度の変遷(給費制、貸与制、給付金・貸与制併存)

第1期(1947年(昭和22年))から旧第65期(2011年(平成23年)7月修習開始)までの司法修習生については、「司法修習生は、その修習期間中、国庫から一定額の給与を受ける。」と定める裁判所法67条2項本文に基づき、給与の支給を受けていた(司法修習生の給費制)。そして、司法修習生は国家公務員ではないが、給与、規律、その他の身分関係については国家公務員に準じた取扱いを受けるものとされ、裁判所共済組合に加入することも可能であった。
このような給費制の趣旨は、戦後の新憲法の下においては、法曹一体の要請から、法曹養成制度が統一され、裁判官、検察官又は弁護士のいずれを志望するにせよ、司法修習生として同じ司法修習を経なければならないものとされたところ、これは、国が責務として、民主国家の実現のため、裁判官及び検察官の志望者だけでなく弁護士志望者に対しても、それらの職責の重要性に鑑み、司法修習生を、将来の日本の司法を支えるべき人材として養成すべきものであるとの考えに立つものであった。

一例として、2004年(平成16年)当時の司法修習生の給与は下記のとおりであった。

給与月額(本俸):20万2900円
調整手当(平均額):1万3000円

寒冷地手当(平均額):1000円

期末手当(平均額・月割):4万2000円

勤勉手当(平均額・月割):2万円

扶養手当:1万3500円(配偶者)、6000円(子ども一人当たり)

住居手当:家賃の約半額(上限額は2万7000円)

通勤手当:交通費実費(上限額は5万5000円)

ところが、新第65期(2011年(平成23年)11月修習開始)から第70期(2016年(平成28年))までの司法修習生(いわゆる谷間世代)については、裁判所法改正の施行により、給費制の廃止、修習資金貸与制の導入がなされることとなり、裁判所共済組合にも加入できなくなった。

その後、第71期(2017年(平成29年))以降の司法修習生については、再び裁判所法の改正がなされ、 修習資金貸与制から、給付金と貸与制が併存する制度となった。具体的には、修習給付金として、基本給付金(月額13万5000円)、住居給付金(月額3万5000円)及び移転給付金(移転距離に応じて4万6500円から14万1000円までの金額)が支給されるようになった。これに加えて、修習専念資金(従前の修習資金に相当するもの)が無利息で貸与されるようになった。修習専念資金の額は原則として月額10万円であるが、司法修習生が扶養親族を有し、貸与額の変更を希望する場合、月額12万5000円とされている。

 

2 現行の制度(給付金と貸与制の併存)における問題点

現行の制度(給付金と貸与制の併存)は、当初の給費制の復活ではないため、次のような点で給費制とは大きく異なっており、司法修習生に対する経済的支援としては制度上極めて不十分なものとなっている。

まず、収入の関係では、給費制当時のような諸手当は支給されていない。基本給付額も給費制当時の本俸よりもかなり低額であるうえ、健康保険の関係では、裁判所共済組合に加入できないうえ、基本給付金・住宅給付金、修習専念資金が、被扶養者認定における「所得」と扱われるため、親などの健康保険等の扶養に入ることができず、自ら国民健康保険・国民年金に加入し、その保険料を全額自己負担で支払う必要がある。

 

3 基本給付金が据え置かれたままであることの問題点

また、基本給付金の額は、2017年(平成29年)の開始当初から据え置かれたままである。

しかし、開始当初から現在までの間に、消費者物価指数は約10%上昇している。また、全国加重平均最低賃金(時給)は、2011年度(平成23年度)の737円から2025年度(令和7年度)の1121円へと、13年間で約52%上昇しており、2017年度(平成29年度)の848円と比較しても約32%上昇している。この全国加重平均最低賃金(時給)1121円で、1日8時間、月20日働いた場合の月収は約17万9360円であるが、基本給付金(月額13万5000円)はこの最低賃金額を大きく下回っている。

このように、基本給付金額は我が国社会全体の賃金・物価上昇に全く追い付いておらず、司法修習生に対する経済的支援としては著しく不足している。

 

4 多様かつ優秀な人材確保について

2001年(平成13年)6月12日付「司法制度改革審議会意見書」は、「制度を活かすもの、それは疑いもなく人である。」「今後、国民生活の様々な場面において法曹に対する需要がますます多様化・高度化することが予想される中での 21世紀の司法を支えるための人的基盤の整備としては、プロフェッションとしての法曹(裁判官、検察官、弁護士)の質と 量を大幅に拡充することが不可欠である」と述べる。

当該意見書発出後に、我が国の司法試験合格者数は1500人~2000人程度まで増加するとともに、公平性・開放性・多様性の確保を旨とし、社会人等としての経験を積んだ者も含め、多様なバックグラウンドを有する人材を多数法曹に受け入れるために、修業年限を2年~3年とする法科大学院が2004年に全国に設置された。しかし、たとえば配偶者と子を持つ会社員がその職を辞して法科大学院へ入学し、2~3年の法科大学院在学中は授業料等を貸与型奨学金を得てまかない、司法試験に合格して司法修習生になった場合には、現行の制度(給付金と貸与制の併存)では、基本給付金が最低賃金を下回るうえに、修習期間中に更なる借金を背負わなければならないことになる。現行の制度(給付金と貸与制の併存)では、社会人はもとより法曹を目指そうとする多様で優秀な人材が集まるとは思えず、「司法制度改革審議会意見書」の目指した方向から大きく乖離している。

そして、司法試験の受験者数は平成23年(2011年)をピークに減少に転じ、半分以下になっている。また、令和6年3月に公益社団法人商事法務研究会が発表した「我が国における法曹志望者数に関する調査報告書」では、「若手法曹アンケートからは、司法試験に合格できるかどうか、法曹になるまでの時間的・経済的負担について、法曹を目指すうえで不安であったと答えた者が多かった。また、高校生アンケートや保護者アンケートでも、法曹を目指すうえでの不安として、同様の項目を挙げる回答が多かった。」と述べられている。

「司法制度改革審議会意見書」の目指すべき方向を実現しようとするならば、少なくとも、裁判官、検察官又は弁護士となろうとする者に必要な学識及びその応用能力を備えていることが司法試験合格により判定された後の司法修習においては、十分な給与が支給されることが不可欠である。

 

5 法曹三者の実務研修制度

司法修習の趣旨は、個人のキャリアアップのための自己投資ではなく、国の将来を担う重要な人材に対する高度教育を行うものである。法曹資格を得るためには基本的に司法修習を修了することが求められているから、司法修習制度は、裁判官・検察官・弁護士になった場合のそれぞれの実務研修の前倒しとして、法曹三者共通の基礎的な実務研修を国がいわば強制的に行っているものといえる。つまり、司法修習制度のもとで、法曹三者としての実務は既に開始されているといっても過言ではない。したがって、国が司法制度の根幹を支える法曹三者の実務研修に対して国家公務員に準じた給与を支給することには必要性があり、制度の趣旨と目的にかなう合理的な支出である。

また、司法修習生は、法科大学院修了生又は司法試験予備試験合格者(法科大学院を修了生と同等の学識等を有すると判定された者)のうち、司法試験に合格した者である必要がある。したがって、基本給付金の額は、最終的には国家公務員総合職(院卒)の初任給と同様の水準まで大幅に引き上げられるべきである。

 

6 まとめ

よって、当会は、国に対し、司法修習生に対する経済的支援に関し、現行の制度(給付金と貸与制の併存)の制度設計を改め、取り急ぎ基本給付金額を、我が国社会全体の賃金・物価上昇に併せて月額18万円とし、最終的には基本給付金の額を国家公務員総合職(院卒)の初任給と同様の水準まで大幅に引き上げるなどして、抜本的に改善することを求める。

 

 

 

以上