声明・決議・意見書

会長声明2026.08.05

国家情報会議設置法の廃止を求める会長声明

2026年(令和8年)8月5日

広島弁護士会 会長 古河真人

第1 声明の趣旨

2026年(令和8年)5月27日、「国家情報会議設置法」(以下「本法律」という。)が可決成立した。この法律は、日本における情報機関の在り方を大きく変質させ、市民のプライバシー権、思想・良心の自由、表現の自由を侵害し、さらには憲法の基本原理である平和主義の基盤を掘り崩す危険性を有する。当会は、日本が戦後一貫して維持してきた平和国家としての歩みを転換させることに繋がりかねない本法律を、具体的な立法事実の説明すらなく、情報機関の活動に対する第三者による監視の制度を備えないまま制定したことは到底許容できないため、国に対し本法律の廃止を求める。

第2 声明の理由

1 国家情報会議法の成立

本法律第1条は、「国家情報会議の設置及び所掌事務等について定めるものとする。」とし、これを受けて、第2条は、重要情報活動及び外国情報活動への対処に関する重要事項を調査審議する機関として、内閣に、国家情報会議を置くと規定する。政府は、本法律によって創設される国家情報局に各省庁の情報活動の総合調整機能を担わせるとともに、国家情報会議を重要情報活動及び外国情報活動への対処に関する司令塔として位置付けることにより、政府の情報収集・分析機能の強化を図るものと説明している。本法律は、政府・与党が推進する「対外情報庁」の設置や「スパイ防止法」の制定構想と一体のものという位置付けのようである。

2 具体的な立法事実の説明がないこと

しかし、政府は、2025年(令和7年)8月15日付閣議決定(内閣参質218第8号・質問主意書に対する答弁)において、我が国が「『各国の諜報活動が非常にしやすいスパイ天国であり、スパイ活動は事実上野放しで抑止力が全くない国家である』とは考えていない」、「関係当局においては、違法行為に対して厳正な取締りを行うこととしているものと承知をしております。」との認識を示していた。この答弁からすれば、本法律を制定する必要性は特に認められない。また、本法律の審議過程においても、政府からは抽象的な安全保障環境の厳しさなどの言及はあったものの、本法律を必要とする具体的な事実に基づく説明がなされたとは言い難い。
そもそも、上記の政府答弁からも窺えるように、現在も、内閣情報調査室や防衛省情報本部、警察庁警備局、公安調査庁、県警・警視庁の警備部・公安部、自衛隊情報保全隊といった情報機関を通じて国家安全保障や外交・防衛に関する「情報収集、分析」は当然に行われている。また、違法な諜報活動に対しては、国家公務員法、不正競争防止法等の法律が存在し、これらによって対応可能である。これらの既存の機関や法律では対応できないという具体的な事例は何ら説明されていない。

3 情報機関の権限強化は国民の権利を侵害する危険性が伴うこと

(1) 他方、本法律には、国家情報会議の所掌事務、組織、構成などが規定されているものの、国民の権利を侵害することを抑止するための国家情報会議、ないし国家情報局の権限を制限し、あるいは他の機関が監視するという類の規定は存在しない。

しかし、本法律が調査審議の対象とする「重要情報活動」ないし「外国情報活動への対処」という概念は必ずしも明確ではないため、国家情報会議、ないし国家情報局による情報収集活動の範囲が広範なものとなり、国民の権利義務と衝突する場面も広範に生じうる。

(2) 個人情報保護法上、行政機関等は、個人情報を保有するに当たっては、法令の定める所掌事務又は業務を遂行するため必要な場合に限られ、かつ、その利用目的をできる限り特定しなければならないとされている(同法第61条第1項)。その上で、その利用目的以外の目的で個人情報を利用し又は提供することは、法令に基づく場合を除き禁止されるなど(同法第69条第1項)、個人情報の保護が図られている。

しかし、本法律第7条第2項によれば、「内閣官房長官及び関係行政機関の長は、議長の求めに応じて、会議に対し、重要情報活動又は外国情報活動への対処に関する資料又は情報の提供及び説明その他必要な協力を行わなければならない」と定められている。仮に、この規定をもって、個人情報保護法第69条第1項の定める「法令に基づく場合」と解釈することを許容すれば、国家情報会議は、個人情報について「利用目的外」の目的での収集を行うことが、事実上極めて容易となる。このように、本法律は、憲法第13条が規定する幸福追求権として保障されるみだりに個人情報を収集・利用されない自由等を侵害するおそれがある。

また、各機関が保有する情報が国家情報会議及び国家情報局に集約されることになれば、国家による情報収集及び分析能力は飛躍的に強化される。情報技術が飛躍的に発展した現代において、収集された情報を基にプロファイリングを行えば、個人の思想信条を推知することも可能となるのであって、思想良心の自由への侵害が生じうる。

さらに、国家情報局による監視が常態化すれば、市民は「監視されている」という意識から政治的活動や言論活動を自制することとなり(萎縮効果)、憲法第21条が定める表現の自由も制約されうる。

(3) 上記のような憲法上の権利侵害の危険は、単なる抽象的なおそれではない。実際、我が国においては、公権力による市民監視が違法と判断された事例が少なくない。
例えば、警察が風力発電事業に反対する住民らの個人情報を収集し、事業者側に提供していた大垣警察市民監視事件(名古屋高判2024年(令和6年)9月13日)、自衛隊情報保全隊がイラク派兵反対運動、市民集会、学習会、憲法問題に関する活動等の広範な情報収集を行っていた自衛隊情報保全隊国民監視事件(仙台高判2016年(平成28年)2月2日)等があり、国家による市民監視や情報収集活動の違法性が認定されている。また、公安警察によるムスリム住民に関する大規模な情報収集及び管理の実態が明らかとなったムスリム監視事件(東京高判2017年(平成27年)4月14日)では、情報流出に関して情報管理上の注意義務を怠った過失があり、国家賠償法上違法であると認定されている。
これらの事例が示すのは、国家機関が「治安」や「安全保障」を理由として情報収集権限を与えられた場合、その対象が犯罪行為とは無関係な市民活動や思想・信条にまで拡大する危険が現実のものとして存在するということである。

上述のとおり、本法律によって、国家による情報収集及び分析能力は飛躍的に強化されうる。しかし、その活動を監視する仕組み、つまり日本国憲法に定める基本的人権の保障のための歯止めは、何ら存在しない。そうなれば、過去に違法とされたような市民監視が、より広範かつ体系的に行われる危険性は一層高まる。

4 平和主義の基盤を掘り崩す危険性があること

(1) 本法律は、日本国憲法が採用する、武力によらず国際社会の信頼と協調によって平和を維持する平和主義の理念との関係でも重大な問題を有する。
先にもみたとおり、本法律は、政府・与党が推進する「対外情報庁」の設置や「スパイ防止法」の制定構想と一体のものとして位置付けられている。
しかし、諜報活動は、本質的に他国の政治、経済、軍事等に関する秘密情報の収集や工作活動を伴うものであり、国家の相互不信による国際的な緊張を高め、軍事的対立を深刻化させる要因となり得る。先にもみたとおり、現在も、内閣情報調査室や防衛省情報本部といった情報機関を通じた情報の収集、分析は実施されているのであり、安易な情報機関の権限の強化はリスクを伴う。

(2) 歴史上も、多くの戦争や軍事衝突の背景には、諜報活動や秘密工作が存在してきた。とりわけ、対外情報機関の創設は、日本が従来の専守防衛を中心とした安全保障政策から、情報戦を含む国家間対立へとより深く関与する方向へ進むことを意味する。
例えば、政府が新設を目指す対外情報庁は、日本版CIAとも言われるところ、米国情報機関のCIAは、これまでに外国政府への多くの秘密工作に深く関与してきたことが明らかになっている。2003年(平成15年)のイラク戦争において、CIAによる「イラクが大量破壊兵器を保有している」との情報が戦争開始の重要根拠とされたものの、後にその情報には重大な誤りがあったことが判明したように、情報機関がもたらす情報が誤りでない保証はない。それだけではなく、1931年(昭和6年)の柳条湖事件における関東軍の自作自演工作のように、国家機関が意図的に戦争の口実を作出した歴史も存在する。

また、特別高等警察の捜査による言論の自由に対する抑圧が戦争遂行の装置として機能したことからも明らかなように、情報機関の強化による国民監視は、戦争を遂行するための重要な要素とされうる。
このように、情報機関の強化は、運用次第によって戦争の端緒を生み出し、これを遂行するための手段となり得るのである。

5 情報機関の活動に対する監視のための機関ないし制度を欠いていること

さらに、本法律は、すでに述べたような情報機関の危険性に対する認識が決定的に欠如している。
米国、英国、ドイツ、カナダなどの民主主義国においては、情報機関に強力な権限を付与する一方、議会による監督、独立した監察機関、司法審査制度等の多層的な統制制度が整備されている。また、活動記録の保存や事後的な検証を可能とする制度、一定の情報公開制度等も整備されており、過去の違法な監視活動や秘密工作を事後的に検証できるようにすることで、情報機関の暴走を抑制する仕組みが設けられている。それにもかかわらず、上述したCIAの例にみるように、情報機関の暴走を完全に抑止することはできていない。
まして、本法律には、独立した監察機関や議会による監視制度など、情報収集活動等を統制する制度が存在せず、情報収集活動の適法性について事前に司法的統制を受ける制度や、事後的に独立して検証する制度も設けられていない。また、情報活動についての特別の記録保持義務や独立した第三者による閲覧・検証制度、一定期間経過後の公開制度等は設けられておらず、国会への定期報告義務も法文上は定められていない。情報機関の収集する情報の多くは、安全保障や外交に関連するもの等の理由で、特定秘密として指定されたり、不開示情報とされることが容易に想定される。その結果、国家情報会議や国家情報局の活動に対する事後的な検証は極めて困難になると考えられる。
したがって、本法律は、他国の例と比較しても、情報機関に対し広範な権限を与えながらその暴走を防ぐ仕組みを欠いており、極めて不均衡な法律と言わざるを得ない。

6 結語

以上のとおり、国家による市民に対する情報収集・国民監視体制を制度化し強化することは、日本国憲法が保障する基本的人権を侵害し、憲法の基本原理である平和主義の基盤を掘り崩す危険性を有するものである。それにもかかわらず、日本が戦後一貫して維持してきた平和国家としての歩みを転換させることに繋がりかねない本法律を、具体的な立法事実についての説明すらなく、第三者による監視の制度を備えないまま制定することは到底許容できない。

よって、当会は、国家情報会議設置法の成立に強く抗議し、国に対しその廃止を求める。

以上

<執行先>

内閣総理大臣、衆議院議長、参議院議長

<参考送付先>

広島県選出の各国会議員、日本弁護士連合会、各弁護士会連合会、各弁護士会、報道各社

 

以上