声明・決議・意見書

会長声明2020.01.31

平和記念式典中の静粛の確保について、条例による規制ではなく話し合いによる解決を図るよう求める会長声明

広島市長 松井 一實 殿

広島弁護士会 会長 今井  光

第1 声明の趣旨

当会は、広島市に対し、広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式(以下「平和記念式典」という。)中の静粛の確保については、条例による規制ではなく話し合いによる解決を図るよう求める。

 

第2 声明の理由

広島市において毎年8月6日に挙行される平和記念式典の開催中には、例年、一部の市民団体のデモによる拡声器使用が行われている。昨年も、例年どおり、当該市民団体は、原爆投下時刻である8月6日午前8時15分に1分間黙祷をした後、午前8時16分ころからデモ行進を開始し、午前8時29分ころから約10分間、拡声器を使用して「安倍首相の式典参加を許さない!」「ヒロシマ・ナガサキの原爆をゆるさない!」などと発言した。

広島市は、同日、平和記念公園内に測定器を設置して音量調査を実施するとともに、同日の平和記念式典会場内の参加者に対してアンケート調査を実施した。これに基づき、広島市長は、2019年10月、当該市民団体に対し、平和記念式典の挙行に適した環境の確保について協力を求め、これに応じなければ、拡声機器使用の制限などの方策の検討を行う意向を表明するなどした(以下、「本件要請」という。)。

しかしながら、そもそも、広島市は、平和記念式典中の測定器による音量調査の測定値の結果を公表せず、アンケート回答者の具体的な状況を明らかにしていない。すなわち、アンケートにおいて「うるさい」と回答した参列者等が、拡声器の音をどの地点でどの程度の音量で聞いたのか等、回答の前提となる条件が不明である。また、本年度に実施されたアンケートについては、条例などで音量を直接的に規制するための措置を講ずるべきとの意見を含むのはあくまで32.7%にとどまっていた。これに加えて、平和記念式典において最も意見を尊重すべきとも思われる被爆者団体は、条例による規制に反対又は慎重であるべきとの意見を表明している。このように、多くの市民や市議会は、関係者の対話による解決を求めている。

言うまでもなく、デモによる意見の表明は、憲法21条1項の表現の自由の保障が及ぶものであるが、当該市民団体に対してなされた本件要請については、求める対応を具体的に指定したうえで、これが容れられない場合には条例制定の可能性にまで言及するなどしており、「要請」という名目で市民団体の表現の自由を実質的に制約するものであるといえる。

また、条例が制定され、規制の実施のためにデモ行進の経路に沿って多数の警察官や職員等が配置され測定器等が設置されることとなれば、デモ行為それ自体を委縮させるものとなる。まして、特定のデモ実施団体についてのみ測定の対象とするようなことがあれば、広島市の意に沿わない意見表明等を行う団体に対してのみ圧力をかけることも可能となるおそれがある。

もとより、平和記念式典が厳粛な環境の中で執り行われることは、それが式典参加者や周囲の者の自発的な意思の下でなされる限りにおいては、尊重されるべきものである。しかし、式典に参加ないし会場周辺に集散する市民や国民の中には、式典のあり方や政治情勢、核兵器廃絶に関するわが国の対応などについて、多様な意見があるのは当然のことであり、その多様な意見の表明の機会もまた、自由な市民社会が許容し、共有しなければならないものである。したがって、広島市は、式典中の静謐を呼びかけるのであれば、当該市民団体を含め、関連する団体等と誠実に協議を続け、本件要請に従わないことを表明している団体に対しても、議論を重ねる中での調整を続けるほかはないというべきである。

広島市は「国際平和文化都市」を都市像とし、核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向け、世界を牽引する都市を目指さなければならないことを自ら表明し、そのようなまちづくりの主役は市民の一人ひとりであるとも表明している。ところが、条例による音量規制は、世界中から訪れる参列者や観光客にも等しく適用されることにもなり得るものであり、そのような条例による威嚇や強制力を背景として実施される平和記念式典は、たとえ静謐が保たれたとしても、それ自体が、世界が共有する自由な市民社会とはかけ離れたものになってしまうことが懸念される。

したがって、当会は、広島市に対し、多種多様な市民の在り方を認め、平和記念式典中の静粛の確保については、条例による規制ではなく話し合いによる解決を図るよう求めるものである。

以上