声明・決議・意見書

意見書2021.03.25

出入国管理及び難民認定法改正案に対する意見書

2021年(令和3年)3月25日

広島弁護士会  会長  足 立 修 一

第1 意見の趣旨
当会は,2021年(令和3年)2月19日,政府が国会に提出した出入国管理及び難民認定法及び関連法の改正案(以下「改正法案」という。)につき,同法案に盛り込まれている退去強制拒否罪の創設,難民申請者の送還停止効の例外,収容に代わる監理措置について強く反対し,在留特別許可申請手続や「補完的保護対象者」の規定につき,再考を求め,法改正にあたっては,被収容者の人権を擁護することを考慮し,長期収容問題の解消に向けて収容期限の上限を設けるなどの制度設計を検討することを求める。

第2 意見の理由
1 改正法案について
外国人の長期収容をめぐり,抗議のための長期被収容者によるハンガーストライキが各地で起き,特に2019年(令和元年)6月に大村入国管理センターにおいて,ナイジェリア人男性が死亡するなど,問題が深刻化した。
このような事態を受けて,法務大臣の私的懇談会である「第7次出入国管理政策懇談会」の下に設置された「収容・送還に関する専門部会」(以下「専門部会」という。)は,2020年(令和2年)6月19日,「送還忌避・長期収容問題の解決に向けた提言」を発表した。
改正法案は,同提言をもとに現行の出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)を改正するものであるが,難民申請者,被収容者の人権を考える上で,以下に指摘するような見逃せない問題がある。
2 退去強制拒否罪の創設について
改正法案は,退去強制令書の発付を受けた者(被退去強制者)が日本から退去しない行為に対する刑事罰(退去強制拒否罪)の創設を盛り込んでいる(72条8号・55条の2,72条6号・52条12項)。
しかし,被退去強制者の中には,日本に配偶者や実子などの家族がいる者,日本で生まれ育った者,日本での滞在期間が長期間に及ぶなど日本との結びつきが強固であり本国との結びつきが希薄になった者,帰国すると身に危険が及ぶ等,難民の地位に関する条約(以下「難民条約」という。)・子どもの権利条約・国際人権規約(自由権規約)によれば,日本での在留が認められるべき者も含まれている。
実際,専門部会の資料によれば,出入国在留管理関係訴訟で国の敗訴が確定した判決が,2016年(平成28年)以降の3年間でも合計26件あり,本来は日本への在留が認められるべき者に対して退去強制令書が発付されている事案が多数ある。
このような状況下で,退去強制拒否罪を創設し,日本での在留が認められる可能性のある者に,刑事罰で威嚇して帰国を強制することは相当でない。また,人道上の観点から被退去強制者を支援する者や弁護士等の専門家が退去強制拒否罪の共犯とされる可能性が払拭できず,正当な活動の萎縮が強く懸念されることからも,退去強制拒否罪の創設に反対する。
3 難民申請者の送還停止効の例外の創設について
改正法案は,難民申請者の送還停止効(入管法第61条の2の6)について,原則として3回目以上の申請者には認めないとしている(61条の2の9第4項)。
しかし,日本が批准した難民条約第33条は,難民を生命や自由が脅威にさらされるおそれのある国へ強制的に追放したり,帰還させてはならないとしており(ノン・ルフールマン原則),これを具現化する形で,現行の入管法においても,難民申請中の者を退去強制することは認められていない(送還停止効)のであって,本例外を定めることは条約に違反するものである。
また,送還停止効の例外が許容されるのは,難民認定制度が適正に運用されていることが前提となるが,日本の難民認定率は国際水準と比較しても著しく低い。国連難民高等弁務官事務所(以下「UNHCR」という。)によれば,2018年(平成30年)の主要先進国での難民認定率は,30~50%であるのに対し,日本は,0.4%しかなく,日本の難民認定制度は適正に運用されているとは到底いえない状況にある。
かかる現状で,難民申請者の本国への送還を可能とすることは,申請者の生命身体に差し迫った危険を及ぼす決定であり,非人道的な制度と言わざるを得ない。
日本の難民政策においては,まずは,難民条約を遵守するために難民認定制度を適正に運用すべきであり,これを放置したまま,申請者の送還を許容する改正法案に反対する。
4 収容に代わる監理措置制度の創設について
改正法案は,非正規滞在者らを全員収容する原則は維持しつつ,収容し  ない者を管理するための手段として,収容に代わる監理措置制度を導入するとともに仮放免制度を限定するものとしているが,以下の問題点がある。
監理措置は,逃亡や証拠隠滅,不法就労のおそれの程度その他の事情を考慮し,主任審査官が「相当と認めるとき」に付されるが(44条の2,52条の2),外部の審査がなく入管の裁量権が不透明な根本的な問題は変わっておらず,恣意的拘禁と評価される長期収容を今後も防止できないおそれがある。
監理措置は,監理人となる者に監理対象となる外国人の生活状況などの届出義務を課し(44条の3,52条の3),監理人がこれらの届出義務を怠った場合は過料の対象となる(77条の2)。監理人となる者については,対象となる外国人を支援する当該外国人の親族,知人,支援者,支援団体,弁護士等が想定されている。
しかし,これらの外国人を支援する者が,当該外国人の生活状況や監理措置条件の遵守状況等を監督し,その状況について届け出る義務を負うとされることは,本来の役割と相容れない義務を課すことになり,監理人となる者は見出しがたく,不必要な収容の回避という制度目的は達成できなくなることが想定される。
5 在留特別許可申請手続の創設について
改正法案は,在留特別許可申請手続を創設し,家族の事情,日本における在留の期間などが積極要素として明記されたものの,他方で,1年を超える実刑の刑事処分を受けた者等は原則として在留特別許可を認めないこととされている。
しかし,刑罰前科の存在は,その内容により消極的な考慮事情要素の一つと位置付けることはやむを得ないとしても,原則的な不許可事由とすべきではない。
6 難民に該当しないが「補完的保護対象者」とされるものについて
改正法案は,難民条約に規定する難民に該当しないものの,条約上あるいは人道上の観点から国際的にも保護されるべき者について,「補完的保護対象者」として保護する制度を設けた。
しかし,難民条約の規定ぶりにとらわれるあまり,補完的保護対象者を難民条約上の難民に準じる者に限定しており狭きに失している。
7 長期収容問題の解消に向けた制度設計の検討について
前述のように退去強制令書が発付された外国人は全件収容されることになり,かつ,収容期間について上限を定めてないばかりか(入管法第52条),必要性相当性について司法判断を経ることもなく,行政庁の判断で自由が奪われている。
この点,難民の保護や支援に取り組んでいるUNHCRは,難民認定申請者の収容について,代替措置を検討した上で,正当な目的に照らして必要性・合理性・比例性があると個別に認定された場合の最後の手段であるべきであり, 収容期間の上限の設定及び独立機関による収容決定・必要性審査が必要であるとする。
また,2020年(令和2年)9月23日,国連の恣意的拘禁作業部会は,2名の外国人(通報者)に対する日本の出入国在留管理庁の施設での長期収容が「恣意的拘禁」に該当し,「国際人権法に違反している」との意見を述べた。そこでは,日本政府が収容を正当化する理由があると主張していることは受け入れ難く,司法審査の機会を与えられてないこと,収容の必要性等について個別に評価されておらず,有効な救済手段が否定されていること,日本においては庇護申請をしている個人に対して差別的な対応をとることが常態化していること等が国際人権法に違反し,収容の最長期間が法律で定められなければならないと指摘している。
以上の点に鑑みれば,長期収容問題の解消に向けた制度設計として,収容期間の上限の設置や,収容に対する司法審査の導入が必要である。

以上