声明・決議・意見書

勧告書・警告書2021.08.18

日本放送協会広島放送局に対する要望書

2021年(令和3年)8月18日

日本放送協会広島放送局 局長 山口 太一 殿

広島弁護士会         会 長  池上  忍

広島弁護士会人権擁護委員会  委員長  原田 武彦

 

要 望 書

 

第1 要望の趣旨

2020年(令和2年)6月16日及び同年8月20日、相手方日本放送協会広島放送局が、「1945ひろしまタイムライン」にかかる「シュン」のツイッターアカウントで発信した「朝鮮人」に関する各投稿は、多数の差別的言動を誘発し差別助長の効果を有するものであり、結果として在日朝鮮人の人権侵害につながったと認められる。

したがって、当会は、相手方日本放送協会広島放送局に対し、今後、SNS等を含むいかなる媒体においても、その発信により差別助長の効果が生じることのないよう発信方法等に十分配慮するよう要望する。

 

第2 要望の理由

1 申立ての趣旨

申立人である在日本朝鮮人総連合会広島県本部は、相手方日本放送協会広島放送局(以下、「相手方NHK広島放送局」という。)が「1945ひろしまタイムライン」において投稿した2020年(令和2年)6月16日及び同年8月20日のツイッターの各投稿は、在日朝鮮人の人権を侵害する差別的内容であるとし、相手方日本放送協会広島放送局及び相手方日本放送協会に対し,上記各投稿の削除,在日朝鮮人及び朝鮮半島をルーツとする者への謝罪,上記各投稿に至った経緯の説明及び再発防止のための社内教育と監視体制の強化等を求めて本申立を行ったものである。

2 当会が認定した事実

(1)「1945ひろしまタイムライン」におけるツイッターの投稿について

ア 相手方NHK広島放送局は、「1945ひろしまタイムライン」(以下、「本件企画」という。)を企画し、2020年(令和2年)3月以降、3つのツイッターアカウントでの発信を順次開始した。本件企画は、被爆後75年を機に、戦争、原爆、戦後の生活の悲惨さを、SNSを通して伝えるという趣旨のもので、「もし75年前にSNSがあったら」というコンセプトの下、実在の被爆経験者の日記等を基に、地元の高校生の協力も得て現代風の表現に改めるなどして投稿内容を作成し、1945年(昭和20年)年当時の視点でのツイッター投稿が行われた。

イ 相手方NHK広島放送局は、上記3つのツイッターアカウントのうち、中学1年生「シュン」のアカウントで、2020年(令和2年)8月20日、以下①~③の各投稿を発信した(以下、これらの各投稿をそれぞれ「本件投稿①」~「本件投稿③」という。)。

① 2020年(令和2年)8月20日午前7時44分

【1945年8月20日】

朝鮮人だ!!

大阪駅で戦勝国となった朝鮮人の群衆が、列車に乗り込んでくる!

② 前同日午前8時19分

【前同日】

「俺たちは戦勝国民だ!敗戦国は出て行け!」

圧倒的な威力と迫力。

怒鳴りながら超満員の列車の窓という窓を叩き割っていく

そして、なんと座っていた先客を放り出し、割れた窓から仲間の全員がなだれ込んできた!

③ 前同日午前8時21分

【前同日】

あまりのやるせなさに、涙が止まらない。

負けた復員兵は同じ日本人を突き飛ばし、戦勝国民の一団は乗客を窓から放り投げた

誰も抵抗出来ない。悔しい…!

ウ 本件投稿①~③の投稿以降、「シュン」のツイッターアカウントには、差別的な内容であるとして、多数の批判的なコメントが書き込まれるなどし、その批判の対象は、同年6月16日に同アカウントで発信されていた以下の④~⑥の各投稿にも及ぶようになった(以下、これらの各投稿をそれぞれ「本件投稿④」~「本件投稿⑥」という。)。

④ 2020年(令和2年)6月16日午前9時59分

【1945年6月16日】

着いた。けれどここがどこかは口外してはならないらしい。

既に大人たちが大きな穴を掘り進めている。

話す言葉によるとどうやら朝鮮人のようだ。

⑤ 前同午前12時34分

【前同日】

朝鮮人の奴らは「この戦争はすぐに終わるヨ」「日本は負けるヨ」と平気で言い放つ。

思わずかっとなり、怒りに任せて言い返そうとしたが、多勢に無勢。     しかも相手が朝鮮人では返す言葉が見つからない。奥歯を噛みしめた。

⑥ 前同日午後2時59分

【前同日】

誰かが一米半もある大きな蛇を捕まえた。

朝鮮人との奪い合いの軍配はなんと僕たち中学生に上がり、勇気のある一人が蒲焼きにして配っていた。

気味が悪いので僕は食べられなかったが、そこかしこで旨いと声が上がった。

(2)本件投稿①~⑥による影響について

本件投稿①~⑥がなされて以降、これらの投稿に匿名でのコメントやリツイートがされることにより、在日朝鮮人を誹謗中傷する内容のツイート等が多数発信された。例えば、以下のようなコメントやリツイートがなされていることが確認できた。

・「うわあ…朝鮮人。やる事がおなじ…」

・「これを見る朝鮮人共、これがお前らの先祖の姿だぞ。被害者面してんじゃねえぞ。」

・「これはなあ…やはり朝鮮人は騒ぎを起こすんだなあ…」

・「鮮人と、かかわったらダメですね。今も昔も。」

・「あの国はこんな時代から民度が低かったのか。だめだこりゃ。もう古くから伝統的に生粋の残念国なんだな。」、「朝鮮人には悪い人が多く、日本は悩まされてきた事がわかりますね 自分の意志で日本に来ていて国に帰るよう促しても帰らない 一旦帰ったとしてもやっぱり日本が良くて密入国 昔から犯罪する人が多い (もちろんいい人も多くいると思います)」

3 当会の判断

(1)表現行為による人権侵害の判断基準について

ア 憲法13条後段の幸福追求権の保障は、人格的生存に不可欠な人格権を保障するものであり、私人間にも適用されるものとされている。そして、わが国において朝鮮半島出身者及びその子孫である者が、その出自を理由に差別されることにより名誉を毀損されることなく生活する権利は、人格的生存に不可欠な人格権として憲法13条により保障されるというべきである。

そして、憲法14条が平等権を保障し、本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律、人種差別撤廃条約及び市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)によって人種等による差別が禁止されていることからしても、上記の人格権の保護は重要であり、強く保障されるべきである。

イ 他方、ツイッター等のSNSによる発信も表現行為の一つであり、憲法21条第1項が保障する表現の自由は、民主主義社会の根幹をなすものとして尊重されなければならない。

そこで、当該表現行為が、上記の関連する条約や法令に定める不当な差別的言動に該当し、憲法13条が保障する人格権を侵害するか否かは、憲法21条第1項が保障する表現の自由との調整にも配慮し、発信者の主観的意図、侵害行為の態様、侵害の程度等といった事情を総合的に考慮して判断するのが相当である。

(2)本件投稿①~⑥の人権侵害性について

本件企画は、被爆後75年を機に、戦争、原爆、戦後の生活の悲惨さを、SNSを通して伝えるという趣旨のもので、本件企画の趣旨そのものは差別的なものではない。また、表現に違いはあるものの、本件投稿①~⑥が、実在の被爆者の日記等の内容に概ね沿ったものになっていることからすれば、相手方NHK広島放送局が在日朝鮮人に対する差別をことさらに助長する意図をもって、これらの投稿を発信したとまでいえず、本件投稿それ自体によって、朝鮮半島出身者の人格権が直接侵害されたとまでは認定しがたい。

(3)本件投稿①~⑥の差別助長の効果について

しかし、表現行為そのものに直接の人権侵害性が認められないとしても、当該表現行為が差別の誘発、助長につながる危険性を内包しており,にもかかわらず,その危険性が現実化するのを防止する配慮に欠けていた場合には,当該表現行為は,行為の態様,あるいは侵害の程度という点から,人権侵害行為と認められる可能性も否定できない。

すなわち、人種差別撤廃条約は、その前文で「国際連合が植民地主義並びにこれに伴う隔離及び差別のあらゆる慣行・・を非難してきたこと並びに1960年12月14日の植民地及びその人民に対する独立の付与に関する宣言…がこれらを速やかにかつ無条件に終了させる必要性を確認し及び厳粛に宣明したことを考慮し」て、その第4条で、「締約国は、…人種的憎悪及び人種差別…を正当化し若しくは助長することを企てるあらゆる宣伝及び団体を非難し、また、このような差別のあらゆる扇動又は行為を根絶することを目的とする迅速かつ積極的な措置をとる」ものとし、「…公の…機関が人種差別を助長し又は扇動することを認めない」(c項)と定めている。また、これと同旨の市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)第20条第2項も、「差別、敵意・・の扇動となる・・人種的・・憎悪の唱道は、法律で禁止する。」としている。人種差別撤廃条約や自由権規約においては、差別の助長に関しては行為者の主観的な差別的意図を必要とはしていないのである。

本件投稿①~③は、朝鮮半島出身者が、終戦直後、自らを戦勝国民、日本人を敗戦国民と称して、列車内で暴力的行動に出る様子を描いたものである。また、本件投稿④~⑥も、「朝鮮人の奴らは『この戦争はすぐに終わるヨ』『日本は負けるヨ』と平気で言い放つ。」など朝鮮半島出身者が日本を批判していた様子が描かれたものである。これらの投稿内容は、前述した本件企画の趣旨に必要不可欠のものとはいえないだけでなく、逆に読み手の、朝鮮半島出身者に対する憎悪を煽り、ひいては差別を助長する効果を有するものであった。そして、戦時中及び終戦直後の時代のみならず、現在においても、「朝鮮人」は差別的呼称として用いられることがあることを考慮すれば、本件投稿内容の中で用いられた「朝鮮人」という呼称が、差別的に用いられている印象を与えるものであったことも否定できない。

このような内容の投稿が、注釈等も付されないまま、字数制限のあるため短文投稿となるツイッターという方法により発信されれば、一部の投稿のみが取り出され、本件企画の趣旨を離れて差別的に解釈される可能性があることや、一部の投稿に乗じて自ら重ねて差別的言動に及ぶ一般の投稿者が現れることは容易に想定し得ることであった。相手方NHK広島放送局は、その投稿の意図や目的が読み手に伝わるよう注釈を付したり前後の投稿をリプライでつなげるなどの配慮をすべきであったが、そのような配慮はなされないまま本件投稿①~⑥が発信された。その結果、上記のとおり、在日朝鮮人を誹謗中傷する内容のコメントやリツイートが多数発信されることとなった。

本件投稿①~⑥は、公共放送を担う相手方NHK広島放送局が行ったもので、「シュン」のツイッターは多くの市民がほぼリアルタイムで認識していたものであること、人種差別撤廃条約や自由権規約においては、差別の助長に関しては行為者の主観的な差別的意図が必要とはされていないこと、本件投稿の差別助長の効果は大きかったことも考慮すれば、本件投稿は、放送事業者の対応として極めて不適切といえ、結果として在日朝鮮人に対する不当な差別的言動を誘発、助長したものと認められる。

4 結語

したがって、本会は、相手方NHK広島放送局に対し、本件投稿により多数の差別的言動を誘発、助長することとなった経緯を踏まえ、今後、SNS等を含むいかなる媒体においても、その発信により差別助長の効果が生じることのないよう発信方法等に十分配慮するよう要望する。

以上