声明・決議・意見書

会長声明2022.02.10

岡口基一裁判官の弾劾裁判について、慎重審理を求める会長声明

2022年(令和4年)2月9日

広島弁護士会会長 池 上 忍

1 会長声明の趣旨

当会は、弾劾裁判所に対し、仙台高等裁判所判事の岡口基一裁判官に対する罷免の裁判について、慎重に審理するよう求める。

2 会長声明の理由

(1)岡口基一裁判官の訴追の経過

国会の裁判官訴追委員会は、仙台高等裁判所の岡口基一裁判官(以下「岡口裁判官」という)の罷免を求めて訴追し、これを受理した弾劾裁判所は、裁判官弾劾法(以下「法」という)39条に基づき岡口裁判官の職務を停止した。

今後、弾劾裁判所において、訴追の適否が審理される予定である。

(2)弾劾裁判所の設置の背景及び過去の事例

裁判所は、日本国憲法が採用している三権分立のうち、司法権を担う非常に重要な機関である。そして、司法権を担う各裁判官を、他の機関の干渉から守るため、憲法76条3項は、「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職務を行ひ、この憲法および法律にのみ拘束される」と定め、裁判官の独立を保障するとともに、その身分を手厚く保障している。

弾劾裁判制度は、このような裁判官の地位の重要性を前提に定められた手続きである。裁判官の罷免事由は、「職務上の義務に著しく違反し、又は職務を甚だしく怠ったとき」及び、「その他職務の内外を問わず裁判官としての威信を著しく失うべき非行があったとき」に限定されており(弾劾裁判所法2条)、訴追委員会及び裁判員ともに、国会議員から選任され(法5条及び16条)、公開法廷での裁判が求められ(同法27条)、刑事訴訟法の規定も準用されている。

以上のような弾劾裁判所が設置された背景事情から、過去に実際に罷免されたケースは、著しい職務放棄(弾劾裁判所判決昭和31年4月6日)、調停当事者からの酒食饗応(弾劾裁判所判決昭和32年9月30日)、政治的策動への関与(弾劾裁判所判決昭和52年3月23日)、破産事件当事者からのゴルフセット・背広の供与(弾劾裁判所判決昭和56年11月6日)、児童買春(弾劾裁判所判決平成13年11月28日)、ストーカー行為(弾劾裁判所判決平成20年12月24日)、盗撮(弾劾裁判所判決平成25年4月10日)の7件に限られていた。

このような過去の事例に照らしても、弾劾裁判により裁判官の身分を失わされるべき事案は、裁判官の身分保障の観点から、事実上犯罪及び犯罪類似行為に限られる。

(3)岡口裁判官への弾劾が認められれば、裁判官の独立(憲法76条3項)を害するおそれがあること

訴追状によると、今回の岡口裁判官の訴追理由は、大きく分けて2つある。①裁判所ウェブサイトに掲載された東京高等裁判所判決(強盗殺人・強盗強姦未遂事件の控訴審判決)の紹介をSNSで行い、それに関する意見発信を行ったこと、及び、②犬の返還請求等に関する民事訴訟の控訴審判決に関する自らの意見をSNSで発信したことである。すなわち、SNSへの投稿が、「その他職務の内外を問わず裁判官としての威信を著しく失うべき非行があったとき」(弾劾裁判所法2条)に該当するとして訴追されたものである。

この点、岡口裁判官のSNSへの投稿内容は、裁判に関わる当事者及び関係者への配慮が不十分な面があることは否めない。しかし、事実上の犯罪行為及び犯罪類似行為に該当するものとまではいえないにも関わらず、弾劾の対象とすることは、裁判官による表現活動に委縮効果を生むばかりか、恣意的な裁判官の弾劾を可能にしてしまう危険がある。結果として、裁判官の良心に従った判断が妨げられ、裁判官の独立を害するおそれがある。

したがって、裁判官の独立の観点からは、慎重な審理が必要となる。

3 結論

よって、当会は、弾劾裁判所に対し、岡口裁判官に対する裁判を、慎重に審理されるよう求めるものである。

以上