声明・決議・意見書

会長声明2005.12.14

憲法改正国民投票法案に対する会長声明

広島弁護士会
会長  山田延廣

1  はじめに
2005年(平成17年)9月22日衆議院本会議で,「日本国憲法に関する調査特別委員会」が新たに設置され,憲法改正の手続きを定める国民投票法案を審議していくこととなった。そして,現在,同委員会において,2001(平成13年)年11月に発表された憲法調査推進議員連盟の日本国憲法改正国民投票法案に若干の修正を加えて策定された日本国憲法国民投票法案骨子(案)(以下「法案骨子」という。)を基にした調査及び議論が進められている。
確かに,憲法自体がその改正を予定している以上,そのための手続法である国民投票法を制定すること自体否定されるべきことではない。
しかしながら,憲法改正の国民投票は,主権者たる国民が国の在り方を規定する最高法規としての憲法について、その政治的意思を表明するという重要な手続であるため,「真の国民意思」を反映させるものでなければならない。
このため,国民投票法は,少なくとも,①国民が十分な判断材料に接し得ること,②国民に検討する期間を十分に与えること,③一部の国民の賛成のみでは「国民の承認」があったとは認めないこと,などの諸条件を満たす必要がある。
ところが,法案骨子は,以下のとおり,極めて問題のあるものである。
2  表現の自由との関係
特に,問題なのは,投票運動の制限規定が,憲法21条の保障する表現の自由の意義を無視し,不当に侵害している点である。
表現の自由には様々な存在意義が認められるが,とりわけこの意義の重要さは,主権者である国民が直接に政治的決定権を行使できる選挙(投票)において発揮される。なぜなら,表現の自由が保障されることによって,国民が自らの意思決定を行うに必要かつ十分な判断材料を得ることが可能となるからである。
そして,国の最高法規である憲法の改正を決定する国民投票は、あらゆる投票の中でも最も重要であるため、表現の自由をいっそう厚く保障することが必要であり、これにより,投票者に必要な情報提供がなされ,広く深い国民的議論がなされることを要する。
ところが,法案骨子は,上記のような表現の自由の重要性を考慮することなく,国民投票に関する報道,あるいは,国民投票運動(憲法改正に対し賛成又は反対の投票をさせる運動)を制限する規定を定め,しかもこれに違反した場合には不明確な犯罪構成要件により罰則を科すなどして、憲法改正に関する表現の自由を不当に制限するものとなっている。
具体的には,予想投票の公表の禁止,「虚偽」「歪曲」という不明確な基準による報道に対する制限,教育者の運動の制限,外国人の運動の全面禁止,構成要件の不明確な「国民投票の自由妨害罪」及びその「煽動罪」等の規定である。
このような広い制限は,欧米の法制に比して厳しい制限であるうえ、現行の公選法よりもさらに広い制約を課すものであり、重大な問題である。特に,抽象的な処罰規定は,現在、与党が成立を目指している共謀罪規定の適用を受けた場合には,表現の自由に絶大な萎縮効果をもたらすものである。そして、政治的なビラ配りについて住居侵入罪による逮捕が続いている現状に鑑みると,このような心配は杞憂であるとは到底、言い得ないものである。
3 その他重要な問題点
(1)  投票方法
憲法改正が複数の条項にわたる場合に,一括投票とするのか,それとも条項毎の個別投票とするのか明らかとなっていない点が問題である。一括投票しか認められないのでは,国民はその意思を正確に表明することができないからである。
(2)  発議から投票までの期間(31条)
国会発議後30日以上90日未満と極めて短期であり,国民に十分な検討期間を与えているとはいえない。十分な検討期間を置くべきである。
(3)  有効投票のあり方(54条)
有効投票の2分の1以上の賛成があれば,承認があったものとされるため,投票した国民の過半数すら賛成していないのに「国民の承認」があったものとされてしまう危険性がある。
(4)  最低投票率
国民投票が成立するための最低投票率の定めを欠くため,投票率が低い合には,一部の国民の賛成のみで「国民の承認」があったものとされてしまう。
(5)  投票年齢
憲法改正は、我が国の将来の世代に直接関わる問題であり、可能な限り投票年齢の引き下げが望ましい。多くの諸国で満18歳を投票年齢にしていることを考えると、国民投票年齢は満20歳ではなく満18歳に引き下げられるべきである。
(6)  無効訴訟の提訴期間(55条)
提訴期間が投票結果の告示の日から起算して30日以内と極めて短期であり,事後的に投票の問題点に関するチェックを十分にできない可能性がある。
4  以上のとおり,法案骨子には多数の問題点があることから,これを基にした国民投票法案を上程することは適切ではない。
よって,当会は,法案骨子の抜本的見直しが行われないまま,国民投票法案を上程することについて,強く反対するものである。

以上