声明・決議・意見書

会長声明2007.05.14

犯罪被害者の刑事手続参加制度の安易な導入に反対する会長声明

広島弁護士会
会長  武井康年

本年3月13日,犯罪被害者の刑事手続参加制度の新設(以下,新制度という。)を含む「犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」が閣議決定され,国会に上程された。新制度は,裁判員裁判の対象事件や業務上過失致死傷等の事件について,犯罪被害者に,「被害者参加人」という法的地位を付与し,被害者参加人としての公判期日への出席,被告人質問,情状事項についての証人尋問,求刑を含む意見陳述等を認めるものである。
しかし,以下に述べるように,このような刑事手続への被害者の参加を認める制度は,刑事訴訟の構造を根底から変容させ,被告人の防御権を危うくするものであり,当会は,その創設に強く反対する。
確かに,犯罪被害者および遺族(以下,犯罪被害者等という。)に対する精神的・経済的な支援体制を構築し,充実させることが必要であることはもちろんである。しかし,今回の立法の動きは,犯罪被害者に対する刑事手続への参加以外の面における十分な支援制度を構築することなく,犯罪被害者等の刑事手続参加という新制度の創設のみで対応しようとするものであり,極めて不十分なものである。しかも,新制度は,以下のとおり,基本的な点において問題が多くかつ法制審議会での審議も不十分であり,安易な導入には反対せざるを得ない。
第1に,新制度の実施により刑事法廷が復讐の場と化すおそれがある。新制度の下で,犯罪被害者等は被害者参加人として,検察官の活動から独立した訴訟活動を認められることになる。しかし,このことは,現行の刑事訴訟における当事者主義構造を変容させ,刑事法廷を個人的な復讐の場とし,同時に被告人・弁護人の防御の負担を過大なものとする。近代刑事法は,私的復讐を公的刑罰に昇華させ,加害者を国家が処罰することにより,被害者と加害者との報復の連鎖を防いで社会秩序の安定を図ろうとした。このために現行刑事訴訟制度は,被害者を,事件の当事者ではあるものの刑事訴訟の当事者とすることなく,被害者等の意見や処罰感情等は,公益的立場にある検察官を通じて理性的に訴訟手続に反映させることとしたものである。ところが,新制度が創設されると,刑事手続の場に私的復讐を持ち込まれ,近代刑事司法が断ち切ろうとした報復の連鎖を復活させる事態を招く危険性が高いのである。
第2に,被告人の防御権の行使が困難になる。被害者参加人が被告人の視界に入る状況で法廷内に存在することにより,被告人は,犯罪被害者の落ち度などの重要な争点について,これを主張することが心理的に困難な状況に置かれる。被害が重大であればあるほどこの傾向は強まると考えられる。検察官の厳しい追及に加えて,犯罪被害者等から直接質問されるようになれば,被告人は沈黙せざるを得なくなり,防御権を十全に行使できなくなる。その結果,真実発見が歪められ,正当な事実認定と量刑の実現が阻害されるおそれがある。
第3に,裁判員裁判に悪影響を与える結果をもたらすおそれがある。2009年5月までに実施が予定されている裁判員裁判において,新制度が導入された場合には,この裁判に与える悪影響は甚大である。新制度の導入により,裁判員の前で犯罪被害者等の応報感情を前面に押し出したアピールが繰り広げられることになれば,市民たる裁判員は目の前の犯罪被害者等の感情的な訴訟活動に混乱させられ,過度に影響を受けて冷静かつ理性的な事実認定が困難になり,かつ,量刑においても過度の重罰化に傾くことは容易に予想される。また,犯罪被害者等の手続参加によって争点の拡大や訴訟遅延を来たすような事態も考えられ,公判前整理手続による適切な争点および証拠の整理と連日的開廷による充実した迅速な審理の理想に反する結果ともなりかねない。
さらに,犯罪被害者等の中にも,新制度が犯罪被害者等に新たな負担を課すことになる等の理由により新制度の導入には慎重な立場もあり,また,犯罪被害者のみならず,国民各層にも新制度について,不安と疑義が幅広く生じている実態もある。新制度の導入は,刑事手続の基本原則に大きな変容をもたらすものであり,将来に禍根を残さないためにも,幅広く犯罪被害者等の声に耳を傾けるとともに,広く国民の議論を尽くすべきである。
そこで,当会は,上記の被害者刑事手続参加制度の新設に強く反対するとともに,被告人の防禦権を不当に制限することのない真に実効性のある犯罪被害者等に対する精神的・経済的な支援体制を構築し,充実させることを求めるため,本声明を発する。

以上