声明・決議・意見書

会長声明2014.05.13

商品先物取引法における不招請勧誘禁止規制の緩和策に対する声明

広島弁護士会
会長 舩木孝和

1 意見の趣旨
経済産業省及び農林水産省は、平成26年4月5日、「商品先物取引法施行規則」及び「商品先物取引業者等の監督の基本的な指針」の改正案(以下、「改正案」)を公表した。
改正案は、商品先物取引法施行規則第102条の2を改正することにより、7日間の熟慮期間を設けること等の条件の下で、70歳未満の消費者への電話・訪問勧誘による取引を幅広く認めるとともに、自社以外とのハイリスク取引の経験者に対する勧誘を認めるという内容となっている。
しかし、商品先物取引に係る消費生活相談の半数以上は70歳未満の契約者についてのものであり、改正案は商品先物取引の不招請勧誘禁止規制を大幅に緩和し、事実上解禁するに等しいものである。
当会としては、このような改正案が、消費者保護の観点から見て、重大な危険をはらむものであることに鑑み、当該改正について強く反対の意見を述べる。

2 意見の理由
(1) 今回の改正案は不招請勧誘禁止規制の導入の経緯に反する
そもそも商品先物取引においては、店頭取引のみならず取引所取引においても長年にわたって多くの深刻な消費者被害が発生し、多くの裁判も行われてきた。商品先物取引におけるトラブルは、取引を望まない者を勧誘により取引に引き込み、顧客の利益を無視した取引を勧める事業者の営業姿勢に依拠するところが大きいと考えられる。
このため、平成16年の商品取引所法の改正(平成17年5月施行)により、①勧誘に先立っての告知・顧客の意思確認の義務付け、②再勧誘の禁止(委託を行わない旨の意思を表示した顧客への勧誘禁止)、③迷惑な仕方での勧誘の禁止が導入された。
しかしながら、勧誘の仕方に関するこれらの措置だけではトラブルが抜本的に解消されるには至らない状況が続いていた。
このため、平成18年に証券取引法等が改正され、金融商品取引法が成立した際、参議院財政金融委員会において、商品先物取引について、今後のトラブルが解消していかない場合には、不招請勧誘禁止の導入について検討する旨が決議された。
その後、平成21年に、商品デリバティブ取引については、不意打ち性を帯びた勧誘や執拗な勧誘により、顧客が本来の意図に反して取引を行い被害が発生するというトラブルが多く報告されているという実態を考慮し、適合性の原則の遵守がおよそ期待できず、利用者被害の発生や拡大を未然に防ぐという観点から、不招請勧誘の禁止が商品先物取引法に導入された(商品先物取引法第214条第9号)(平成23年1月施行。商品取引所法は商品先物取引法へ名称変更)。
商品先物取引法第214条第9号は、不招請勧誘禁止規定の適用対象を政令で指定することとしているところ、改正の際の国会審議において、不招請勧誘禁止規定の対象につき、次のような附帯決議が採択されている。

① 当面、一般個人を相手方とするすべての店頭取引と、初期の投資以上の損失が発生する可能性のある取引所取引を政令指定の対象とすること。
② 施行後1年以内を目処に、政令指定の対象を見直し、必要に応じて一般個人を相手方とする取引全てに対象範囲を拡大すること

商品先物取引に対する不招請勧誘禁止規制の必要性と適用対象の範囲は、以上にみた、国会における慎重な審議を踏まえて定められたものであり、この経緯は重く捉えられるべきである。
ところが今回の改正案は、国会での議論の経緯や附帯決議を無視し、省令で不招請勧誘禁止規制を事実上解禁しようというもので、極めて不適切である。商品先物取引法及び同法に基づく政令により禁止されている不招請勧誘行為について、省令で禁止の対象から除外することが許されるのは、「委託者等の保護に欠け、又は取引の公正を害するおそれのない行為」に限定される。そこで現行の商品先物取引法施行規則第102条の2は、デリバティブ取引に関する継続的顧客に対する不招請勧誘行為に限り、禁止の対象から除外しているのである。
これに対して改正案は、法律及び政令による不招請勧誘禁止の対象を、省令で大幅に限定し、事実上電話・訪問勧誘を解禁するものであり、手続的にも、内容的にも到底許容できるものではない。
改正案は、事実上70歳未満の消費者に対する商品先物取引業者による訪問・電話勧誘を解禁しようとするものであり、社会問題化してきた古いビジネスモデルを再び活性化させ、高齢者のいのち金や、一般消費者の生活基盤である預貯金を極めてリスクの高い投資に向かわせ、同時に、詐欺的投資勧誘を行おうとする悪質な事業者に格好のツールを提供する結果となる。したがって、改正案が実施されれば、再び商品先物取引被害が社会問題化する危険性が極めて高く、市場の活性化どころか、市場の衰退をもたらすことにもなりかねない。
(2) 熟慮期間の設定によっても一般消費者の保護は期待できない
また、改正案による7日間の熟慮期間の設定は、商品先物取引勧誘の局面において、とりわけ高齢者を含め複雑でハイリスク・ハイリターンな取引に不慣れな一般消費者の保護には、ほとんど機能しないものであることにも留意する必要がある。
この制度は「海外商品市場における先物取引の受託等に関する法律」(昭和58年1月施行。以下、「海先法」)の第8条に14日間の熟慮期間として設けられていたものであるが、熟慮期間は、クーリング・オフとは、その効果を異にする制度である。すなわち、商品先物取引の契約は、取引に係わるルール全般に関する基本契約と、基本契約に基づいてなされる個々の売買取引という構成になっているところ、「クーリング・オフ」は、一定期間に全契約を解消することを可能ならしめる制度である。これに対して「熟慮期間」は、基本契約の効力には影響を及ぼさず、単に、熟慮期間内に行われた個別の売買取引についてのみ自己の計算としないことを可能とするにとどまるものである。商品先物取引は、基本契約の締結後、相当の期間にわたって多数回の取引を次々と勧誘されて行われるものであるから、当初の7日間に行われた取引についてのみ自己の計算としないというだけでは、クーリング・オフのような効果はまったく期待できないのである。
実際、海先法が適用される事案においても、熟慮期間を活用して被害救済された例はほとんどなかったという実情にある。改正案は、このような実効性のない熟慮期間制度を設けて不招請の訪問・電話勧誘を解禁するものであり、消費者保護の観点から、到底認めることができないものである。
(3) 改正の根拠となる立法事実はない
今回の改正案は、規制改革実施計画(平成25年6月14日閣議決定)が「勧誘等における禁止事項について、顧客保護に留意しつつ市場活性化の観点から検討を行う。」としていることから示されたものである。
しかし、上記閣議決定は、あくまでも「顧客保護に留意しつつ」との前提において「検討を行う」ものであり、検討の結果、市場活性化の効果よりも被害増大の懸念のほうが強ければ、不招請勧誘の禁止を維持すべきであると言える。
商品先物取引に関する不招請勧誘の禁止は、平成23年1月に施行されたものに過ぎず、当該禁止による被害防止の効果及び市場に与える影響について、未だ検証に耐えうる立法事実が蓄積されたとはいえない。
したがって、少なくとも現時点において、今回の改正案の根拠となる立法事実はないと言わざるを得ない。

以上