声明・決議・意見書

会長声明2015.05.18

労働時間の規制緩和に反対する会長声明

広島弁護士会
会長 木村 豊

1 政府は,本年4月3日,「労働基準法等の一部を改正する法律案」(以下,「本法案」とする。)を閣議決定し,国会に提出した。本法案には,「高度プロフェッショナル制度」の創設,企画業務型裁量労働制の対象業務の追加等,現行の労働時間規制を緩和する内容が含まれている。
2 労働基準法(以下「労基法」という)における割増賃金制度の趣旨は,割増賃金の支払を義務づけ,強制することにより,長時間の労働,休日労働,深夜労働を間接的に抑制し,もって労働者の人間らしい生活の確保を図るのと同時に,労基法上,例外的に認められるこれらの労働が労働者の自由な時間を奪い,肉体的・精神的に,より多くの負担を与えることを考慮し,これに対する補償を十分になさしめようとすることにある。長時間労働が労働者の生命・身体の安全を脅かしかねない危険を内包するものであることを踏まえれば,割増賃金制度を含め,労働時間規制を緩和することには極めて慎重な態度が求められる。
3 この点,本法案が創設する「高度プロフェッショナル制度」では,その適用される労働者は,1日8時間・週40時間の労働時間制限(労基法32条),一定時間ごとの休憩の付与(同法34条),週1日の法定休日(同法35条),時間外・休日及び深夜の割増賃金の支払い(同法37条)が適用除外となる。他方で,上記制度の適用には,使用者において健康・福祉確保 措置を講じること,具体的には,①労働者に24時間について継続した一定の時間以上の休息時間を与えるものとし,かつ,1か月について深夜業は一定の回数以内とすること,②健康管理時間が1か月又は3か月について一定の時間を超えないこととすること,③4週間を通じ4日以上かつ1年間を通じ104日以上の休日を与えることとすること,のいずれかの措置を選択的に講じることが要件とされているが,上記①の措置を採用した場合,例えば,24時間につき連続11時間の休息時間を付与すれば,その余の休日・休憩を与えることなく毎日13時間の連続勤務を命じても合法とされかねず,あるいは,上記③の措置を採用して年間104日の休日を付与した場合,その余の年間261日は24時間勤務を命じても合法とされかねない。これは,いわゆる過労死ライン(脳血管疾患等に関する労災認定基準では,発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって,1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は,業務と発症との関連性が強いと評価できるとされている。)を優に超える無制限の長時間労働を助長するおそれが極めて高い。
また,本法案では,収入要件について,1年間当たりの賃金の額が「基準年間平均給与額の三倍の額を相当程度上回る水準として厚生労働省令で定める額以上」とされ,概ね年収1075万円以上の労働者が適用対象とされる見込みであると言われている。この制度について,政府は,賃金額を,時間ではなく成果に基づいて決定されることを希望する労働者のニーズに応えるために新たな労働時間制度が必要である,と説明しているが,それは現行法においても実現可能であり,むしろ,年間1075万円程度の賃金が支払われているケースは,まさに時間ではなく成果に応じた賃金の支払いがなされている実例であるはずで,政府の説明する必要性は極めて疑わしい。そもそも,本法案は,単に,労働基準法上の労働時間規制の適用除外とその要件が規定されているだけで,使用者に対して何らかの成果型賃金を義務づける規定もなければ,それを促すような規定すら含まれていない。にもかかわらず,政府は,あたかも成果型賃金制度が創設されるかのような説明を繰り返し,また,報道機関も,例えば「働いた時間に関係なく仕事の成果で給料が決まる新たな成果主義賃金制度」といった,国民に誤解を与える報道をしている。年収要件が法律改正を経なくとも「省令」によって改変可能な制度とされているのを見ても,本法案は,将来的に,より幅広い層の労働者にまで労働時間規制の適用除外とすることに眼目の置かれた法案であることに注目しなければならない。
4 本法案はまた,企画業務型裁量労働制の対象業務を追加し,適用対象を拡げる内容となっている。
現行の裁量労働制において対象業務が厳格に限定されているのは,労働時間はあくまでも実労働時間で算定されるのが原則であることから,安易に例外を認めて「みなし時間」の名のもとで長時間労働が行われることのないよう,労働時間を自律的に管理し,業務遂行方法を自らが決定することのできる企業の中枢業務に従事する労働者のみをその対象とするためである。ところが,現行の企画業務型裁量労働制においても,みなし時間を大きく超える長時間労働が繰り返されるという実態があり,長時間労働を生じさせる温床となっている。
にもかかわらず,本法案において追加される対象業務の定義は極めて曖昧であり,適用対象者が著しく拡大されかねない。例えば,本法案では,「法人である顧客の事業の運営に関する事項についての企画,立案,調査及び分析を行い,かつ,これらの成果を活用した商品の販売又は役務の提供に係る当該顧客との契約の締結の勧誘又は締結を行う業務」が対象業務として追加されているが,かかる定義からは,法人向けの営業担当者のかなりの部分にまで対象を拡げた運用もなされかねず,労働時間を自律的に管理し,業務遂行方法を自らが決定することのできない労働者にまで適用が拡大するおそれが極めて高い。しかも,年収要件といった歯止めも設けられておらず,極めて広範な労働者にまで適用が拡がりかねない。
5 日本では,過労死や過労自殺が多発し,大きな社会問題となっていることから,2014(平成26)年,過労死等がなく,仕事と生活を調和させ,健康で充実して働き続けることのできる社会を実現するため,過労死等防止対策推進法が全会一致で制定されたばかりである(同年11月1日施行)。
このように,長時間労働を原因とする過労死等が社会に蔓延し,その対策が国の責務として求められている中で,長時間労働の歯止めを失わせる制度を新たに設けることは時代に大きく逆行するものであり,当会は,本法案による労働時間規制の緩和に強く反対する。

以上