声明・決議・意見書

総会決議2017.06.08

日本国憲法施行70周年を迎えるにあたっての宣言

広島弁護士会
会長 下中奈美

(宣言主文)
本年は、日本国憲法が施行されて70周年を迎える。日本国憲法は、先の大戦の反省から恒久平和主義を宣言し、「全世界の国民」の平和的生存権を確認した。さらに、個人の尊重のもと、永久不可侵の基本的人権を保障している。また、これらを実効あらしめるため、日本国憲法は、国家権力が濫用されないように、これを制限する立憲主義の理念に立っている。
当会は、日本国憲法施行70周年を踏まえ、日本国憲法の基本理念である恒久平和主義と立憲主義を堅持するため、今後もたゆまぬ努力を続ける。
さらに、当会は、恒久平和主義の見地から、現在国連で核兵器禁止条約策定のための会議が開催されていることを歓迎し、同条約の策定や締結に向けた活動を推進するために尽力することを決意する。

(理由)
1 日本国憲法と恒久平和主義及び立憲主義
本年は、日本国憲法(以下「憲法」という。)が1947(昭和22)年5月3日に施行されてから、70周年を迎える節目の年である。日本は、先の大戦を含め、過去に植民地支配と侵略により、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大な損害と苦痛を与えたと同時に、一般国民は戦争の惨禍の犠牲となってきた。さらに、広島、長崎は、1945(昭和20)年8月6日及び同月9日原子爆弾の投下による爆撃を受け、熱線、爆風、放射線により、人類史上未曽有の被害を受けた。
日本は、このような経験を経て、「戦争は最大の人権侵害である」という教訓のもとに、憲法前文において、「全世界の国民」に平和のうちに生存する権利を認め、第9条で、戦争と武力による威嚇又は武力の行使を放棄し、戦力を保持せず、交戦権を否認するという世界に例を見ない徹底した恒久平和主義を採用したのである。
さらに、憲法は、国家権力の濫用から国民の自由や権利を保障するために、主権者たる国民が憲法を確定したことを宣言し、個人の尊重と基本的人権に最大の価値を置き、権力分立と憲法の最高法規性を定めた。その根本理念は、立憲主義である。

2 憲法をめぐる今日の状況
(1)今日、この憲法の基本理念及び基本的原理が踏みにじられ、立憲主義が傷つけられ、憲法の規範としての力が弱められる事態が生じている。
具体的には、2013(平成25)年12月、特定秘密保護法が特別委員会での強行採決の末、成立させられた。2014(平成26)年4月、防衛装備移転三原則の閣議決定により武器輸出三原則が撤廃された。同年7月、集団的自衛権の行使を認める閣議決定により従来政府が維持してきた憲法解釈が変更され、それを受けて、2015(平成27)年9月19日、多くの国民の反対の声を無視し、「我が国及び国際社会の平和及び安全の確保に資するための自衛隊法等の一部を改正する法律」(平和安全法制整備法)及び「国際平和共同対処事態に際して我が国が実施する諸外国の軍隊等に対する協力支援活動等に関する法律」(国際平和支援法)(以下併せて「安保法制」という。)が強行採決により成立し、翌2016(平成28)年3月29日に施行された。
さらに、自衛隊への「駆け付け警護」任務と「宿営地共同防護」活動の付与、米補給艦に対する防護活動の実施など、政府は安保法制を実行に移している。
恒久平和主義はこれらの閣議決定及び法律により深刻な危機に晒されている。安保法制は、集団的自衛権の行使を認め、自衛隊を海外のあらゆる地域へ派遣することを可能とするほか、武力行使を行っている他国軍隊への軍事支援活動を戦闘現場ではない限り行うことができる内容を含んでおり、憲法が宣言する徹底した恒久平和主義とは明らかに矛盾するものである。
また、今通常国会(第193回国会)では、これまで三度廃案になった共謀罪(テロ等準備罪)が法案として再び提出され、審議されている。共謀罪は、予備以前の行為を処罰する法律であり、憲法が保障する思想信条の自由、表現の自由、集会・結社の自由が害される危険が極めて高い内容の法案である。
2016(平成28)年5月の刑事訴訟法の改正による盗聴捜査の拡大、司法取引の導入などと合わせて見ると、人権侵害のおそれの高い状況が生まれている。
(2)現在、政府与党は、自由民主党が2012(平成24)年に公表した日本国憲法改正草案(以下「自民党改正草案」という。)を撤回しないまま憲法を『改正』する議論を本格化させようとしている。自民党改正草案は、「公益」「公の秩序」を人権制約の根拠とする点で基本的人権の価値を大きく後退させるものと言わざるを得ない。さらに、同草案では、国防軍創設を謳っており、恒久平和主義を放棄するものということができる。また、自民党改正草案は、個人と国家が協調関係にあるという憲法観に基づいているが、このような憲法観は、国家こそが、人権を侵害する最大の権力となる危険性があるという近代立憲主義の根底にある教訓を忘れたものである。
現状では、政府与党は、上記のように憲法改正の素地を醸成しようとしているが、重要なことは、前述したように、最高法規として国家権力を制限するという立憲主義の理念が弱体化している事実を認識することである。立憲主義の理念こそ、「政府の行為により再び戦争の惨禍が起こること」のないようにするために不可欠であり、この理念の回復を図らなければならないというべきである。

3 核兵器禁止に向けた広島弁護士会の活動と核兵器禁止条約策定に向けた機運
広島は、世界で初めて戦争による原子爆弾を投下された都市であり、これにより、多数の人が亡くなり、死を免れた者も被爆による後障害に苦しんできた。核兵器の非人道性は筆舌に尽くしがたいものがある。
広島弁護士会は、1993(平成5)年以降、原爆ドームの世界遺産化を進める活動に参加し、被爆50周年の1995(平成7)年には、平和推進委員会を会内に設置し、核兵器の廃絶を求める活動をはじめた。また、当時、国際司法裁判所で核兵器の使用及び威嚇が国際法に違反するかどうかについての審理がされていたところ、当会は、核兵器の使用及び威嚇が国際法に違反するとの勧告的意見を求める決議を行い、国際司法裁判所に送付し、1996(平成8)年になされた同裁判所の勧告的意見の発出に寄与する活動を行ってきた。
長年、被爆者が被爆の実相を伝える取り組みをしてきたことなどを受けて、2011(平成23)年11月、国際赤十字・赤新月運動代表者会議は、核兵器の非人道性という観点から、核兵器の使用禁止を強く訴える決議を採択した。この動きを受けて、核兵器の非人道的影響に関する国際会議が三度開かれ、国連でも核兵器禁止条約策定に向けた議論が行われてきた。昨年12月の国連総会では、核兵器禁止条約策定に向けた会議を開催することを決定し、本年3月にそのための会議が開催された。さらに、本年6月から7月にかけて、同様の会議が開かれ、条約案についての議論がなされる予定である。
当会は、このような動きを歓迎し、日本政府に対し、核保有国との橋渡しとして、この会議に参加し条約策定に向けて努力することを求めるものである。

4 結び
当会は、被爆地広島の弁護士会として、世界恒久平和のための活動を続けて来た。憲法施行70周年を踏まえ、改めて当会の使命を自覚し、恒久平和主義と立憲主義を堅持するため、今後もたゆまぬ努力を続けることを宣言するとともに、現在国連で核兵器禁止条約策定のための会議が開催されていることを歓迎し、条約の策定や締結に向けた活動を推進するために尽力することを決意する。

以上