声明・決議・意見書

意見書2010.09.08

法科大学院への国立大学法人運営交付金及び私学助成金の配分について

文部科学大臣
川端 達夫 殿

広島弁護士会
会長 大迫 唯志

第1 意見の趣旨
当会は,法科大学院への国立大学法人運営費交付金及び私学助成金の配分に際して司法試験の合格実績を加味した基準を導入することに強く反対する。

第2 意見の理由
1 問題の背景
一部新聞によると,貴省は,新司法試験の合格実績などに応じて法科大学院への交付金や助成金の配分を変える制度を導入する検討を始めており,配分額を決める基準を近く作り,2011年度にも実施すると報道されている。
また,「法曹養成制度に関する検討ワーキングチームにおける検討結果(とりまとめ)」には,新司法試験の合格実績を十分に挙げていない法科大学院について財政的支援の見直し(国立大学法人運営費交付金・私学助成金を削減すること)措置を検討すべきであるとの意見があったことが記載されている。上記報道は,貴省が,法曹養成制度に関する検討ワーキングチームの議論を踏まえ,国立大学法人運営費交付金及び私学助成金(以下単に「交付金・助成金」という。)の配分額を司法試験の合格実績を加味した基準に変更することについて,既に具体的な検討段階に入っていることを裏付けるものである。
現時点で,この配分の変更に司法試験の合格実績がどの程度加味されるかは明らかとなってはいないが,この制度変更は,以下のとおり多くの問題を含んでいることから,程度のいかんに関わらず,合格実績を加味した配分を行うことは不適切である。
2 司法制度改革の理念との齟齬
法科大学院を中核とする新たな法曹養成制度は,2001年(平成13年)6月12日付司法制度改革審議会意見に基づき,質・量ともに豊かな法曹を養成すること目指して導入されたものであって,21世紀の司法を担うにふさわしい質の法曹を確保するためには,司法試験という「点」のみによる選抜ではなく,法学教育,司法試験,司法修習を有機的に連携させた「プロセス」としての法曹養成制度を新たに整備し,その中核をなすものとして法科大学院が設置されたという経緯がある。
各法科大学院は,この審議会意見の理念に沿うべく,少人数教育や幅広い分野の科目設定を行うために,豊富な教員数と教育設備を用意して,教育に取り組んでいる。このような「質」を伴う法曹教育を行うためには,学生からの授業料等のみでその運営費用をまかなうことは困難であり,交付金・助成金によってはじめて可能となるものであって,その額が削減されることは法科大学院にとって死活問題となることから,交付金・助成金は適正に配分される必要がある。
しかし,現在,貴省が検討している合格実績を加味した交付金・助成金の配分額を変更する制度は,審議会意見及びそれを受けた閣議決定(司法制度改革推進計画)を否定するものであって,法科大学院制度の根幹を揺るがすものとなりかねない。
司法試験の合格実績によって交付金・助成金の配分額が変更されることになれば,各法科大学院は,その存続のために合格実績の向上を図るべく,試験科目偏重の教育を行うようになることは必然であり,司法試験の合格を目指す学生の側もこれに追従し,幅広い分野の学修をしなくなることもまた必然である。その結果,法科大学院教育が司法試験という「点」を目指すための手段にすぎないものとなり,21世紀の司法を担うにふさわしい質の法曹を養成することが困難となるばかりか,司法制度改革以前の過度の受験競争を国みずからの施策によって再現することになりかねない。
このような弊害は,交付金・助成金の配分に合格実績を加味することとなれば,その加味の度合いに関わらず起こりうることであり,加味の度合いが多ければ多いほど,法科大学院制度に深刻な影響をもたらし,司法制度改革の理念との齟齬を生じさせるものである。
3 地方における法曹教育の場の確保の必要性
現在までの新司法試験の合格実績が,各法科大学院の教育実績を反映しているといえるかについては,慎重な検討が必要である。法科大学院制度は,平成16年の設立以来わずか6年の歴史しかなく,その入学希望者は,各法科大学院の教育実績が不明であるがゆえに,法科大学院を設置している大学の学部の知名度や偏差値によって入学を決める傾向がある。そうすると,優秀な入学希望者ほど,旧司法試験において高い合格実績を収めていた知名度のある大学(以下「著名大学」という。)の法科大学院に進学する可能性が高いため,当該法科大学院はその教育実績に関わらず高い合格実績を残すことができる。また,短答式試験による二段階選抜を行っている司法試験において,法学既修者の比率の高い法科大学院は,他学部出身者や社会人経験者の比率の高い法科大学院より合格実績の面で有利である。しかし,これらの傾向は,入学者の質によるものであって,法科大学院の教育実績が反映されているものではない。
にも関わらず,各法科大学院の教育実績との関連を十分に検討することなく,合格実績という安易な指標によって,交付金・助成金の配分変更を行えば,十分な教育実績を残している法科大学院をも淘汰することになりかねない。
著名大学の法科大学院は大都市圏に集中しており,合格実績だけをとらえれば,地方の法科大学院が苦戦を強いられていると判断されることは否定できない。しかし,地方の法科大学院には,家庭の事情などでその地方を離れられない優秀な学生も少なからず入学しており,そのような学生も地方の法科大学院を修了した後に新司法試験に合格し,法曹として活躍している。この問題は,家族の介護や子どもの進学など家庭の事情でその土地を離れられない者がいることから,単に進学希望者に向けた財政的支援のみで解決することができるものではない。合格実績を加味した交付金・助成金の配分変更が行われれば,地方の法科大学院はたちまち窮境に立たされることとなり,ひいては地方の社会人経験者を含む優秀な人材の法曹への道を閉ざすことになりかねない。
このように,地方における法曹教育の場の確保の必要性の観点からも,深刻な影響を及ぼす制度変更となる。
4 結論
以上のとおり,法科大学院へ交付金・助成金の配分に際して司法試験の合格実績を加味する制度を導入することには多くの問題点があり,不適切であることから,当会は同制度の導入に強く反対する。

以上