声明・決議・意見書

意見書2013.09.17

「特定秘密の保護に関する法律案の概要」に対する意見書(後半)

5 特定秘密が提供される場合について

本件法案概要では,特定秘密を公益上の必要から提供する場合として,国会の秘密会,刑事事件の捜査,その他公益上特に必要と認められる業務または手続きと,民事訴訟法第223条第6項(文書提出命令におけるインカメラ審査)及び情報公開・個人情報保護審査会設置法第9条1項(インカメラ審査)を挙げて,特定秘密の提供ができる要件を定めようとしている。
ところが,後者のインカメラ審査の場合にはその要件は不要としているが,インカメラ審査以外の国会の秘密会などの場合には,「我が国の安全保障に著しい支障を及ぼす恐れがないと認めたとき」に提供できるとしている。
いうまでもなく憲法上,国会は国家の三権を構成するもので,国民主権を体現する国の最高機関で唯一の立法機関とされている(憲法第41条)。行政機関はその国会へ特定秘密を提供する場合,自らが,「我が国の安全保障に著しい支障を及ぼす恐れがないとは認められない」と判断すれば,国会の秘密会へ提供しなくても良いことになり,これ自体が国会の軽視である。
また,国会は自衛隊の防衛出動に対しては承認,不承認の権限があり,このような場合に特定秘密を国会へ提供することが考えられる。ところが秘密会に参加した国会議員には特定秘密を漏えいすれば懲役5年以下の刑罰が科されることになっている。秘密会に参加して特定秘密を提供された国会議員は,同じ政党に属する国会議員と自衛隊の防衛出動の承認不承認につき検討すれば漏えい罪になりかねず,また,特定秘密を提供された国会議員が,知見を深めるため秘書に周辺情報の調査を指示したり,有識者に意見を求めようとしても漏えい罪を覚悟しなければならなくなるのであり,国会議員ないし国会の審議権を空洞化させるおそれがある。
さらに本件法案概要では,国会の秘密会の運営につき,特定秘密を保護するための必要な政令で定める措置を講じなければならないとしている。政令とは特定秘密保護法の政令である。国会は国権の最高機関として,行政権力からも独立し,且つ高度の自立性が与えられているはずであるが,国会の秘密会の運営についてまで,政令が介入することは,国会に対する行政権力の優位を認めるものであり,本件法案は憲法第41条に違反するものといわざるを得ない。

6 罰則について

本件法案においては,漏えいが禁止される「特定秘密」の要件が過度に広範でかつ不明確である。したがって,国民はそもそも如何なる情報が「特定秘密」として漏えい禁止の対象であるかを認識できず,どのような行為が処罰されるかについても予測することが困難である。これにより,国民の自由な言動を過剰に萎縮させることになり,国民の知る権利を侵害する。例えば,処罰対象が不明確であるため,内部告発によって国民にとって重要な情報を公開しようとする者が過度に萎縮し,内部告発を躊躇することは想像に難くない。この点,本件法案概要では,公益通報者保護法には何も言及していないので,いわゆる実質秘のみが保護対象となり,違法秘密が保護の対象とならないかは明らかでない。したがって,違法な秘密を暴露しようとした行政機関職員等までもが,処罰対象とされるおそれがある。その影響の重大さについては論を俟たないところである。
つまり,これは,単純な故意の漏えい行為を処罰し,違法秘密の公表を「特定秘密」の漏えい行為として処罰の対象とすることをも可能としている本件法案の根源的な問題である。
さらに,それに加えて,本件法案は,故意の漏えい行為のみならず,過失による漏えい行為のほか,故意の漏えい行為の未遂や共謀,教唆及び煽動を処罰対象とするのみならず,特定秘密の取得行為とその共謀,教唆,煽動についても処罰対象としている。いずれも,ただでさえ過度に広範で不明確な処罰範囲の外延を更に不明瞭にするものである。刑罰法規は,犯罪と刑罰を具体的,明確に規定しなければならない。本件法案は,漠然不明確であって,憲法31条の罪刑法定主義の観点からしても重大な問題がある。
法案概要では,共謀,教唆罪に実行行為が伴わなくてもそれ自体を処罰するものであるのか不明であるが,有識者会議報告書はこれらは独立犯罪として処罰することを提言していることや,扇動罪はそれ自体を犯罪とすることは明らかである上,教唆,共謀共同正犯は特に処罰規定はなくても処罰されることは刑法第11章で明らかであるから,本件法案は実行行為を伴わない共謀,教唆行為それ自体を処罰するものであると理解できる。そうであれば,構成要件は一層不明となる。扇動罪に至っては純然たる言論活動を犯罪とするものであり,憲法の思想信条,表現の自由を侵すものである。
また,本件法案概要では,人を欺き,人に暴行を加え,又は人を脅迫する行 為,財物の窃取,施設への侵入,不正アクセス行為その他の特定秘密の保有者の管理を害する行為による特定秘密の取得行為を処罰するとしている。
例えば,「その他の特定秘密の保有者の管理を害する行為」については,許可を得ないで特定秘密の内容が記載された書類を撮影したといった場合にも特定秘密の管理を害する行為となり,特定秘密取得行為として罰せられることになると,その適用範囲は不明確と言わざるを得ない。
そうだとすると,特定秘密の取得行為は,処罰範囲が広範でその外延が不明確になるおそれがあると言わなければならない。
取材行為が広く特定秘密の取得行為として検挙・処罰されるとしたら,報道機関による取材活動は萎縮せざるを得ないのであり,報道関係者による取材の自由・報道の自由に対する重大な制約になり,ひいては市民の知る権利,及び表現の自由・言論の自由に対する重大な制約となる。この点,インテリジェンス・秘密保全等検討PT座長の町村官房長官は,報道の自由が侵害されないようにすると発言する一方,不当(一部報道では「不法」)な取材は罰則の対象となるとも発言したと報道されている。そもそも,本件法案においては,取材の自由・報道の自由に関しては何の記載もない上,不当(不法)な取材は処罰対象とされれば,何が不当(不法)かは処罰側の恣意的判断でなされる以上,取材の自由・報道の自由に対する重大な制約となることに変わりはない。
オンブズマン活動や反戦平和運動に関わる市民は,その活動の一環として,秘密情報に迫ろうとするが,これらの活動も特定秘密の取得行為に問われかねないリスクがあり,主権者としての市民の当然の活動が本件法案により萎縮させられることとなり,市民の知る権利及び表現の自由が侵害される。
たしかに,本件法案では,「国民の基本的人権を不当に侵害するようなことがあってはならない旨を定める」とされているが,仮に情報取得者側である市民が処罰を免れるとしても,情報提供側である情報機関職員等が処罰対象とされる以上,上記の萎縮効果から情報が市民に開示されないから,やはり市民の知る権利は侵害されることになる。

7 秘密の指定期間について

本件法案では,秘密指定の有効期間を上限5年で更新可能とする一方で,有効期間満了前においても,要件を欠けば速やかに指定を解除するとしている。
しかし,指定を解除することなく,更新を続ければ永遠に特定秘密として秘匿することが可能となり,到底容認できない。しかもこの判断は特定秘密を指定する行政機関の長であるから,特定秘密の指定が恣意的になされる恐れを排除できない以上,秘密指定の有効期間の更新の恣意性も排除できない。諸外国においては,20年乃至30年程度で,秘密指定が自動解除されることに比べれば,本件法案は情報を永遠に隠し続けることが可能である点で,国民の知る権利を侵害し,不当である。

8 拡張解釈の禁止に関する規定について

本件法案においては,「本法の適用に当たっては,これを拡張して解釈して,国民の基本的人権を不当に侵害するようなことがあってはならない旨を定める。」とされている。
しかし,この規定は単なる訓示規定であり,この規定によって法案が持つ重大な問題が解消されるとは考えられない。

9 結論

以上,当会としては,意見募集期間を2ヶ月に延長することを求めるとともに,本件法案は,憲法諸原理と対立するものであるから,これを国会へ提出することに反対する。

以上