声明・決議・意見書

意見書2014.02.05

時代に即した新たな刑事司法制度の基本構想についての意見書

法務省 法制審議会
新時代の刑事司法制度特別部会 御中

広島弁護士会
会長 小野裕伸

意見の趣旨

当会は、法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会に対し

第1に、冤罪防止のため、黙秘権を中核とする被疑者・被告人の権利の保障を実質化するため、被疑者の取調受忍義務を否定し、取調べへの弁護人立会権を認め、全事件についての取調べの全過程について、録画ないし録音を行うことを制度化すること。

第2に、取調べの録画・録音制度の導入とセットで、黙秘権を侵害する施策(被告人質問の廃止・被告人の証人化)や捜査権限拡大策(通信傍受法の合理化・効率化及び会話傍受の導入、刑の減免制度、協議・合意制度及び刑事免責制度)等を導入することは、冤罪防止に資することがなく、人権侵害の危険があるため、特別部会での検討対象としないこと。

を求める。

意見の理由

第1 「時代に即した新たな刑事司法制度の基本構想」の問題点
1 法制審議会特別部会設置の経緯
足利事件、布川事件、氷見事件、志布志事件等に見られるとおり、我が国においては現在においても数々の自白強要等による冤罪事件が発生している。さらに、村木事件において大阪地検特捜部による証拠改ざん、犯人隠避等という検察に対する信頼を大きく失墜させる捜査機関の独善・暴走が発覚した。これらを契機に、捜査の在り方等に対する大幅な見直しの必要性に注目が集まるようになった。
そのような事態を受けて、法務省に設置された「検察の在り方検討会議」は、平成23年3月31日、「検察の再生に向けて」と題する提言を発表した。同提言は、「取調べ及び供述調書に過度に依存した捜査・公判の在り方を抜本的に見直し、制度としての取調べの可視化を含む新たな刑事司法制度を構築するため、直ちに、国民の声と関係機関を含む専門家の知見とを反映しつつ十分な検討を行う場を設け、検討を開始するべきである」と結論づけた。
法務大臣は、同提言を受け、平成23年5月18日、法制審議会に対して「近年の刑事手続をめぐる諸事情に鑑み、時代に即した新たな刑事司法制度を構築するため、取調べ及び供述調書に過度に依存した捜査・公判の在り方の見直しや、被疑者の取調べ状況を録音・録画の方法により記録する制度の導入など、刑事の実体法及び手続法の整備の在り方について、御意見を承りたい。」とする諮問第92号を発した。
同諮問を受け、法制審議会は、平成23年6月6日に開催された法制審議会第165回会議において、同諮問について調査・審議するための「新時代の刑事司法制度特別部会」(以下「特別部会」という。)の設置を決定した。
特別部会の設置に至る経緯が以上のとおりであることから、諮問第92号にいう「近年の刑事手続をめぐる諸事情」とは、捜査機関の自白強要を防止し、また捜査機関の暴走を抑止するための制度枠組みが存在しないこと、そのため冤罪・誤判が後を絶たなかったという状況を意味することは明らかである。
したがって、諮問第92号の趣旨は、憲法及び刑事訴訟法上の適正手続の保障の趣旨を徹底させ、具体的には、取調べの全面可視化を中心として、密室における取調べなど、捜査機関の構造的な問題を抜本的に改善する方策を検討して、冤罪の根絶に資する方向での提言を行う役割を特別部会に求めたことにあり、これが、同部会が立脚すべき原点であったというべきである。
2 特別部会による「基本構想」の内容等
特別部会は、設置以来、約1年半の審議期間を経た平成25年1月29日の第19回会議において、「時代に即した新たな刑事司法制度の基本構想」と題する取りまとめ(以下、「基本構想」という。)を発表した。
「基本構想」は、その冒頭で「これまでの刑事司法制度において、捜査機関は、被疑者及び事件関係者の取調べを通じて、事案を綿密に解明することを目指し、詳細な供述を収集してこれを供述調書に録取し、それが公判における有力な証拠として活用されてきた。」「取調べによる徹底的な事案の解明と綿密な証拠収集及び立証を追求する姿勢は、事案の真相解明と真犯人の適正な処罰を求める国民に支持され、その信頼を得るとともに、我が国の良好な治安を保つことに大きく貢献してきたとも評される」と述べ、その上で、従来の取調べ依存型捜査には「ひずみ」が生じているので、捜査の適正確保という観点で「ひずみ」を修正する必要があるとした。
また、同時に、「我が国の社会情勢及び国民意識の変化等に伴い、捜査段階での供述証拠の収集が困難化していることは、捜査機関における共通の認識となっている。」「公判廷で事実が明らかにされる刑事司法とするためには、その前提として、捜査段階で適正な手続きにより十分な証拠が収集される必要があり、捜査段階における証拠収集の困難化にも対応して、捜査機関が十分にその責務を果たせるようにする手法を整備することが必要となる一方で、公判段階も、必要な証拠ができる限り直接的に公判に顕出され、それについて当事者間で攻撃防御を尽くすことができるものであるべきであり、こうした観点から、捜査段階及び公判段階の双方について適切な配意がなされた制度とする必要がある。」とした。
そして、「時代に即した新たな刑事司法制度を構築するため検討するべき具体的方策」を掲げた。「取調べへの過度の依存からの脱却と証拠収集の適正化・多様化」(捜査段階)として、①取調べの録音・録画制度の導入、②刑の減免制度、協議・合意制度及び刑事免責制度、③通信傍受の対象の拡大・会話傍受、④被疑者・被告人の身柄拘束の在り方、⑤弁護人による援助の充実化、「供述調書への過度の依存からの脱却と公判審理の更なる充実化」(公判段階)として、①証拠開示制度、②犯罪被害者等及び証人を支援・保護するための方策の拡充、③公判廷に顕出される証拠が真正なものであることを担保するための方策(司法の機能を妨害する行為への対処)、④自白事件を簡易迅速に処理するための手続きの在り方を挙げている。
3 「基本構想」の問題点
前に述べたとおり、そもそも特別部会は、憲法及び刑事訴訟法上の適正手続保障の趣旨を徹底し、冤罪の発生を根絶するため、密室における取調べなど、捜査機関の構造的な問題を抜本的に改善する方策の検討を行うために設置されたものである。
ところが、「基本構想」は、従来の取調べ依存型捜査を抜本的に見直すことなく、取調べによって得られた「供述」に「過度」に依存しないようにすべきというだけで、むしろ、取調べによる自白を獲得することを捜査の主眼に置くこと自体については従前通りのあり方を肯定している。また、供述の採取過程の形式的な「適正化」のみに目を向け、従前の取調べ制度に内在していた根本的な人権侵害の危険について検討することを回避しており、冤罪の温床となる自白の強要を根絶しようとする視点は全くない。取調べ依存型捜査が冤罪発生の原因となっているのに、これを抜本的に見直さないのでは、適正手続保障の趣旨を徹底し、冤罪の発生を根絶するという特別部会を設置した目的に全く応えたことにならない。そればかりか、取調べ依存型捜査の抜本的な見直しをしないまま供述の採取過程の適正化を図るのであれば、むしろ冤罪の原因を温存することにつながりかねない。
さらには「基本構想」は、供述が獲得しにくくなったことを理由に、人権侵害の危険が増大することを考慮しないままに証拠収集をより容易にすることのみを目指すかのような姿勢までをも示している。特別部会設置の経緯からして、このような姿勢は、特別部会に全く求められていない。「基本構想」は、特別部会に求められた取調べ依存型捜査の抜本的見直しには踏込まない一方、求められていない捜査機関の権限拡大を図ったものになってしまっている。
この「基本構想」のとおりに法改正がなされるとすれば、黙秘権の保障を中核とする被疑者・被告人の権利の保障を実質化し、憲法及び刑事訴訟法上の適正手続保障の趣旨を徹底して冤罪・誤判等の発生を根絶することは極めて困難となるばかりでなく、かえって捜査機関の権限が不当に拡大され、より多くの冤罪・誤判及び人権侵害が発生することが懸念されるものである。
以下では、個別の論点についての問題を指摘する。

第2 取調べのあり方をめぐる問題について

1 取調受忍義務を否定すべきであること
そもそも、過去の多くの冤罪事件は、密室の中での過酷な取調べにより、被疑者が虚偽の自白を強要されたことに原因があるものである。
被疑者も、当初は事実を否認し、自白調書の作成を拒否していたものの、長時間に渡って取調べを強制され、取調官により詰問されることにより、最終的には、精神的な限界を超えて、過酷な取調べから逃げたい一心で、裁判官であれば真実を見極めてくれるはずだとの期待の下、虚偽の自白に応じてしまったケースがほとんどである。
そもそも、憲法38条1項は被疑者に対し黙秘権を保障しているのであるから、被疑者が捜査機関の取調べに応じるか否かは、被疑者の自由のはずであり、学説の通説も取調受忍義務を否定している。取調べとは、本来は、被疑者の言い分を聞き取る制度であり、言い分を述べるか否か、言い分を述べる機会に出頭するか否かは、被疑者の自由であるべきなのである。
そうであるにもかかわらず、現在、捜査機関は、刑事訴訟法198条1項但書の形式的な反対解釈により取調受忍義務を肯定し、逮捕・勾留されている被疑者に対し取調べを受けることを強制している。そのため、捜査官からいかに過酷な取調べがなされようとも、被疑者には逃げる術が全く、これが虚偽の自白の温床となっているのである。
冤罪事件を防止するためには、被疑者の黙秘権を全うさせるべく、速やかに法律により取調受忍義務を否定すべきである。

2 弁護人の立会権を認めるべきであること

また、被疑者が、虚偽の自白に応じてしまう理由の一つに、法律や裁判制度に対する知識不足がある。一度、自白調書が作られてしまうと、ほぼ確実に有罪認定の証拠とされてしまい、これを覆すのは非常に困難であるという現実があるが、被疑者には、そのような知識がないため、安易に裁判官であれば真実を見極めてくれるはずだと期待し、虚偽の自白に応じてしまうのである。
また、被疑者は、精神的に動揺している状態にあり、法律の専門家でもないため、取調べの内容を適切に理解することが困難である。法律の専門家ではない被疑者が、供述する範囲及び内容を検討するためには、法律の専門家である弁護人の立会権の保障が不可欠である。
被疑者の虚偽自白を防止するためには、法律と裁判制度の専門家である弁護人が、被疑者の取調べに立ち会い、被疑者がその場で弁護人のアドバイスを受ける機会を保障することが不可欠である。
実際、既に欧米諸国、韓国、台湾など諸外国では、弁護人の立会いが、当然の制度として位置づけられている。
また、日米地位協定にかかる刑事手続においては、日本側が刑事裁判権行使する好意的考慮という運用改善の中で、米軍人・米軍属の被疑者については実質的には弁護人立会権を認めていると評価できる運用を行っている。
弁護人立会権を認めると、被疑者が自白しなくなるという意見もあるが、このような意見こそ、虚偽の自白の獲得を前提とした意見である。
「基本構想」は、取調受忍義務や弁護人の立会いの観点が完全に抜けており、小手先の制度改革であるといわざるを得ない。

3 取調べの全過程についての録音・録画を制度化すべきこと

過去の多くの冤罪事件は、密室における取調べという構造的な問題に原因があるものであることから、取調べを可視化し、調書の作成過程を明らかにすることが急務となっている。ところが、基本構想に示された具体的な方策は、いずれも不十分なものであるといわざるをえない。
特に、最も重要かつ中心的なテーマである取調べの録音・録画制度について、全事件の取調べ全過程の録画録音制度は検討対象としては消え去っており、例外を広く認める方向で議論が進められていることは、看過できない。
この点に関し、第1案は、「裁判員制度対象事件の身柄事件」を念頭に置くとしているが、裁判員制度対象事件は全刑事事件の3パーセントにも満たないし、特に過酷な取調べが行われやすい身体拘束前の任意の取調べは録画録音対象とされておらず、多くの取調べが対象の範囲外となってしまっている。
また、第2案は、録音録画の対象範囲を「取調官の一定の裁量に委ねる」としているが、このような抽象的な規定では、捜査官の都合の良い場面のみが恣意的に録画され、反って虚偽の自白を助長する危険性がある。
このように、いずれの案も、密室における取調べの構造的な問題を是正する目的からすれば、極めて不十分かつ危険な内容となっている。
密室における取調べという構造的な問題を是正するためには、一切の例外を認めることなく、すべての事件及びすべての取調べの録画録音を制度化しなければならないことは、明らかである。
「基本構想」示された具体的な方策は、抜本的に見直さなければならないものである。

第3 特別部会で検討されている方策について
1 はじめに
特別部会は、上記のように、黙秘権を侵害する方策を検討し、取調べの可視化については全面的な可視化はしない方向で検討している一方で、捜査機関の権限を拡大させる方向等での検討には重点を置いた議論をしている。以下では、被告人を証人とすること、通信傍受、会話傍受、刑事免責制度についての危険性について指摘する。

2 公判廷に顕出される証拠が真正なものであることを担保するための方策として、被告人を証人とし、包括的黙秘権を放棄したものとして扱う危険性について

(1)「基本構想」では、公判廷に顕出される証拠が真正なものであることを担保するための方策として、被告人を証人として扱うという法改正が検討されている。これは、現在の被告人質問制度を廃止し、被告人が事件について事実を述べるためには、証人とならなければならず、その場合、被告人が包括的黙秘権を放棄したものとし、一般の証人と同様の証言拒絶権の行使以外は黙秘や供述拒否を認めないこと、被告人の虚偽供述に対する制裁(偽証罪)を設けることが検討されている。

(2)しかし、被告人を証人として扱い、偽証罪の適用を認めることになれば、被告人の公判廷での供述に萎縮効果を与えることは明らかである。すなわち、刑事訴訟法322条により、被告人の不利益供述は任意性さえ認められれば公判廷に提出されうる扱いとなっているのであるから、もし捜査段階では取調べの圧力に負けて虚偽の自白をした被告人が、公判廷において調書の内容と異なる供述をした場合には、「偽証罪」の圧力を背景に、検察から調書を元にした反対尋問がなされ、自己に不利益な証拠関係を考慮し、虚偽の自白を維持し、かえって被告人が真実を語ることができないことになりかねない。刑事訴訟法322条を改正せずに単に被告人を証人として偽証罪の制裁を科すことが可能になれば、裁判が、被告人の言い分に対して充分に耳を傾ける手続ではなくなってしまうことになり、適正手続の保障に反する結果となる。
また、無実の被告人が宣誓のうえ証言したにもかかわらず、有罪となった場合、公判廷で証言したことが虚偽であるとして、偽証罪で処罰される事態も生じかねず、二重に冤罪を生み出す危険もある。

3 通信傍受法の合理化・効率化及び会話傍受の導入の危険性

(1)特別部会は、犯罪捜査のための通信傍受に関する法律(以下、「通信傍受法」という)に定める通信傍受が組織犯罪等に対して持つ捜査上の有用性を強調し、これを「取調べを通じた事後的な供述証拠の収集に代替するもの」としてより効果的・効率的に活用する方向で検討を始めた。「基本構想」は、対象犯罪を拡大し、一定の場合に通信事業者による立会いを不要とすることなどを検討課題として掲げており、さらに、特別部会第1作業分科会が検討結果を中間的に取りまとめた「作業分科会における検討(1)」においては、通信傍受法の対象犯罪を窃盗、強盗、詐欺、恐喝、殺人、逮捕・監禁、略取・誘拐まで拡大することとして、重大犯罪とは言い難い類型の犯罪についてまで通信傍受の対象犯罪を拡大する方向での検討がなされている。

(2)しかし、そもそも通信傍受はその性質上、憲法の定める捜索・差押えにあたって場所及び対象物の特定を要求している令状主義(憲法35条)、適正手続の保障(憲法31条)をはじめとする憲法上の要請を満たすことが困難な捜査手法である。また、かかる捜査手法はプライバシーの侵害等深刻な人権侵害をひろく生じさせる危険性をも内在するものである。現行の通信傍受法は平成11年に成立しているが、同法の検討段階から既にこのような批判はなされていたところであり、それゆえに従来の通信傍受法においては、対象犯罪はごく重大なものに絞られ、また、人権侵害を完全に防ぐにはなお不十分なものではあるにせよ、通信事業者の立会いなど厳格な手続的要件が設けられていたものである。

ところが、特別部会においては、同法による通信傍受があまり利用されていないことから、対象犯罪を拡大し、通信事業者の立会いを不要とするなど、通信傍受をより広く認める方向での改正を検討している。しかし、特別部会の議論は通信傍受という捜査手法に内在する危険を無視するものであり、同法の成立過程に照らしてみても到底許容できないものである。

(3)また、一定の場所を対象とした会話傍受の制度化をも検討の対象としていることも問題である。会話傍受は、傍受機器を用いて室内等で行われる会話そのものの傍受を可能とするものであるから、通信傍受以上に、対象の会話を限定することが困難であり、令状主義、適正手続保障違反、個人のプライバシーに対する甚大な侵害となる。特別部会が会話傍受に関する議論を始めたこと自体、問題と言わざるを得ない。ところが、特別部会は、十分な議論を尽くすことさえしないまま、既に制度の採用を前提とするかのような技術的課題に関する議論を進めているのである。

(4)特別部会は、そもそも、今般の刑事司法制度改革をめぐる議論の始まりが、取調官による自白の強要に基づく虚偽自白により冤罪事件が発生していたこと、さらに検察官による証拠の改ざんまでも明るみに出たことに起因するものであることを想起すべきである。捜査機関の自白偏重という構造的な問題を、捜査の適正さを制度的にどのように確保するかではなく、捜査権限を拡大することによって解決するというのでは明らかに議論の方向性を誤っている。
通信傍受法の対象犯罪の拡大や会話傍受の制度化といった捜査権限の拡大と強化は、自白の強要による冤罪の発生を抑止する効果を持つものではなく、むしろ、電話や室内での断片的な会話の意味をめぐって、より強く自白の強要がなされかねない結果をもたらすものである。
すなわち、このような改正を認めるならば、自白しなければ関係者・関係機関に対する会話傍受を行うことを示唆して捜査対象者を無理矢理自白に追い込むなど、かえって自白への不当な圧力を強める結果となるおそれさえある。
以上のように、通信・会話傍受を拡大することの検討は、冤罪の根絶と適正な捜査の実現とは無関係であるだけでなく、令状主義等の憲法上の要請に反することにつながるものであり、特別部会において議論すべきものではない。

4 刑の減免制度、協議・合意制度及び刑事免責制度が虚偽自白をもたらす危険性

(1)特別部会においては、捜査への協力と引き換えに刑の減免制度、協議・合意制度及び刑事免責制度を設けようとしている。

(2)しかし、従前のこのような刑事免責制度に関する議論においては、刑罰の減免を条件に供述をさせることは、黙秘を貫けば相対的には不利な処分になり得ることから、被疑者の虚偽の自白を生み出す危険性が非常に高く、違法な「利益誘導」とされてきたところである。
また、共犯者の自白についても、従前から引っ張り込みの危険があるとされ、その証拠能力・信用性が、通常の証言・供述よりも厳密に検討されるべきとされてきたものであり、刑事免責制度等を認めるとすれば、かえって引っ張り込みの危険は増大する。

(3)また、これまで量刑は裁判所が判断し、捜査機関の取調べの結果は量刑の判断においては検討の一つの材料に過ぎなかったところ、司法取引が導入された場合には、捜査機関が量刑の判断に直接の影響を及ぼすことになり、捜査機関の取調べの刑事司法制度への影響力をむしろ強めることになる。これは、密室での取調べによって自白を獲得することを中心に据える従前の捜査のあり方を見直すべきとした、そもそもの諮問の趣旨に反する結果となる。

(4)結局、刑事免責制度を導入したとしても、虚偽の自白が強要・誘発される危険性が今までよりも増大し、結果として、黙秘権が侵害される危険が生じるのみならず、捜査機関が量刑の結果を実質的に左右する結果を招来するものであり、極めて問題が大きい。

5 結論

以上のように、特別部会は、取調べの可視化によって捜査機関による自白を採取することが困難になることを懸念し、その交換条件として、黙秘権を侵害し、また、捜査機関の権限を拡大させる方向での改正を盛り込む方針を進めている。

しかし、本意見書の意見の理由第2、3のとおり、そもそも可視化について不十分な検討しかなされていない現状で、黙秘権を侵害し、また、捜査機関の権限拡大策等を検討するとすれば、特別部会の設置の趣旨は没却され、かえって違法捜査及びそれによる人権侵害を一層助長する結果になりかねない。

したがって、少なくとも、上記に指摘した、①被告人の証人化、②通信傍受、会話傍受の拡大、③刑事免責制度は、冤罪防止に資することがなく、黙秘権を侵害する危険があり、捜査権限拡大策等は問題が多いから、検討の対象から外されるべきである。

第4 結論
よって、当会は、特別部会が年度内にも意見を取りまとめるという状況にあることに鑑み、「基本構想」には多数問題が含まれているが、そのなかでも緊急に「意見の趣旨」記載の点について要望する。

以上