声明・決議・意見書

勧告書・警告書2012.07.23

被収容者が裁判への出廷を申し出た場合の運用等に関する勧告書(法務大臣あて) 1/2

法務大臣 滝 実 殿

広島弁護士会
会長 小田清和

同人権擁護委員会
委員長 原田武彦

当会は,広島刑務所に収容されていた申立人A氏の人権救済申立事件(2010年第4号)につき調査した結果,貴殿に対し,下記のとおり勧告する。

第1 勧告の趣旨
刑事施設の被収容者が当事者となった民事訴訟手続に関し,当該被収容者が裁判への出廷を申し出た場合には,原則として出廷を許可するよう現在の運用を改めること。特に,「収容者提起にかかる訴訟の取り扱いについて」と題する通達を早急に改訂し,各刑事施設にそのことを周知させる措置をとること。

第2 勧告の理由
1 申立の概要
申立人は,有期懲役の実刑判決を受け確定後,2009年10月15日,大阪拘置所から広島刑務所に移送され収容中の者であった。
申立人は,申立人を被告とする大阪地方裁判所での民事訴訟の口頭弁論への出廷を求めたところ,これを不許可とされた。
申立人は,出廷できなかったことが人権侵害であると主張し人権救済を申し立てた。
2 調査結果
(1) 申立人からの事情聴取(2010年7月21日及び2011年6月24日,広島刑務所)及び大阪地方裁判所の訴訟記録
① 民事訴訟(大阪地方裁判所第15民事部,事件番号平成21年(ワ)第3502号,以下「本件訴訟」という)の概要
2009年2月7日,大阪市内において,申立人と本件訴訟原告との間で交通事故(以下「本件交通事故」という)が発生した。
2009年3月13日,本件訴訟原告は申立人に対し,本件交通事故の物損につき,債務不存在確認請求訴訟(本件訴訟)を提起した。
本件訴訟の争点は,本件訴訟原告と申立人との過失割合であった。
2010年3月4日,本件訴訟原告の請求を認容する判決(本件訴訟原告には責任がなく,原告には申立人に対して支払うべき債務が存在しないというもの)が言い渡され,控訴はされず,判決は確定した。
② 本件訴訟の期日経過
第1回口頭弁論期日(2009年5月12日)は原告代理人,申立人(被告として)ともに出席した。
その後,第2回期日(2009年7月16日予定)の前に申立人(被告)は逮捕され,当時,大阪拘置所に収容されていた申立人から裁判所に事情説明の手紙を出したところ,第2回期日が取り消された。
その後,申立人の実刑が確定し,2009年10月15日,申立人は広島刑務所に移送された。
2009年11月25日付けで,裁判所から,広島刑務所に収容されていた申立人に対し(なお,被告が広島刑務所に収容されていることが裁判所に分かったのも,申立人が自ら大阪地方裁判所に文書を送付したためである),「次回期日で弁論を終結し,判決言渡期日を指定する予定」のため,主張や立証があれば提出することを求める連絡があった。なお,指定された次回期日は2010年1月26日であった。
そこで,申立人は,2009年11月30日,出廷願いの願箋を提出したが,出廷不許可となった。なお,申立人は,裁判が提起されてから終結に至るまでの間,刑事施設内から裁判所に対し,多数の準備書面的な文書等を送付しており,本件について全面的に争っていた。
2010年1月26日,第2回口頭弁論が開かれたが,申立人(被告)不出頭のまま弁論,原告本人尋問などの証拠調べが行われ,弁論は終結した。
2010年3月4日,本件訴訟原告の請求を認容する判決が言い渡され,申立人は控訴をせず,判決は確定した。
(2) 広島刑務所からの事情聴取(2011年5月25日,広島刑務所)
広島刑務所に対し,申立人の本件訴訟への出廷に関する事情と被収容者一般の裁判所への出廷に関する扱いについて照会を行ったところ,広島刑務所の法務事務官看守長福田雅峰氏から次のとおり回答があった。
①  受刑者の裁判所への出廷拒否の判断基準については,通達(「収容者提起にかかる訴訟の取り扱いについて」)に基づき,具体的事案における受刑者の出廷の必要性の程度,出廷の拘禁に及ぼす影響の程度等を勘案し,施設長の裁量によって判断している。
②  出廷に関する文書については,保存期間が3年間であり,過去3年を超える時期の出廷状況は不明である。
保存されている過去3年間の資料によれば,自動車引渡請求事件,離婚請求事件,保険金請求事件,損害賠償事件,貸金請求事件の5件について,出廷が認められたが,いずれも裁判所からの要請で仮法廷を刑務所で開廷したものである。出廷を認めた理由は文書で管理していないため,不明である。
上記以外に過去3年間に出廷を認めた事例はない。
出廷を認めるか否かは,個々の具体的事案に応じて判断する。
出廷を認めなかった件数については,統計を取っていないため不明であるが,出廷願いが出されるケースはほとんどないとの認識である。
③ 申立人からの裁判所への出廷願いがなされた回数 1回
④ 出廷願いの年月日 2009年11月30日
⑤ 申立人が出廷を求めた裁判期日 2010年1月26日午前10時
申立人が願箋にて出廷を願い出た時点で,関連書類を精査し,必要性等を判断した。本件について,裁判所からの事情聴取はしていない。
⑥ 出廷願いに対する許可・不許可の結論
事件の性質,裁判の進行状況,受刑者の出廷しないことによる不利益,出廷が受刑者の身柄確保に及ぼす影響等を総合的に勘案して判断し,不許可にした。
⑦ 出廷願いを不許可とした理由 上記⑥のとおり
⑧ 刑務所は自由刑の執行を主たる目的とした施設であり,作業に従事させることを当然の帰結としている。仮に受刑者が質問内容のような状況になっても,無条件に民事裁判への出廷が保障されているものではない。当所においても,民事裁判への出廷のために,受刑者を護送すべき法的義務は有していない。
⑨ 刑務所が裁判所に仮法廷を開くように求める法的根拠はなく、積極的に働きかけをしない。
3 判断
(1) 出廷の権利性
何人も自己の権利又は利益が不法に侵害されていると考えるときに裁判所に対し,その主張の当否を判断し,その侵害の救済に必要な措置をとることを求める権利を有している(裁判を受ける権利・憲法32条)。
裁判を受ける権利は,憲法や法律上の権利・自由を実効的に保障するものとして重要であり(「基本権を確保するための基本権」),人はいかに諸種の権利自由が保障されていてもそれが侵害されたときに裁判上の救済が実質的に認められないのでは実質的に権利自由が保障されていることにはならない。
その意味で,裁判を受ける権利は,法の支配の不可欠の前提をなすものである。
そして,裁判を受ける権利が重要な意義を有する以上,「裁判」と評価されるためには,ふさわしい内実を備えた適正手続の保障が要求され,そのため憲法82条1項にいう公開の対審手続(当事者が裁判所及び相手方の面前で口頭にて自己の主張・立証を行う機会が十分に与えられること)が保障されなければならない。
それは,訴訟当事者は相手方との関係で実質的に不利・不平等な立場に置かれることがない条件・環境下で自己の主張を行う合理的な機会が保障されねばならないことを意味し(武器の対等),そのために必要な場合,自ら裁判所に出廷する権利が妨げられてはならない。
したがって,出廷権は裁判を受ける権利の内実として憲法32条,82条1項によって保障される。
東京地判1987年(昭和62年)5月27日も「憲法32条,82条1項の規定は,直接には,裁判所に訴訟を提起して権利利益の保護を求めることを保障し,又は裁判の対審及び判決を公開の法廷で行うべきものとしているものであるが,これらの規定の趣旨及び憲法13条の規定の趣旨に照らせば,裁判所に訴訟を提起した者につき裁判所に出頭する自由を保障しているものと解される」と判示し,出廷権(出廷の自由)の憲法上の権利性を認めている。
(2) 被収容者の出廷権
① 被収容者にも出廷権は保障される
罪を犯したとして刑の言渡を受け,適法に人身の自由を奪われている被収容者といえども,人身の自由以外の基本的人権は一般市民同様に享有しているのであって(最高裁大法廷判決1970年(昭和45年)9月16日),上記(1)で述べたとおり,裁判を受ける権利が基本権を確保するための基本権であり,法の不可欠の前提をなすものとして重要な権利であることからすると,被収容中は,たとえ身体,精神的自由権,財産権,名誉権等が侵害されても,裁判を提起し,主張立証のため必要な場合に自ら出廷し審理を尽くして公正な判決を受けることは諦めよ,などという考えは到底認めることはできない。
そして,法的紛争においては,時効による権利消滅,証拠の散逸,被害拡大を防止するため,早期に訴訟提起し解決することが必要とされるため,被収容者といえども,裁判による解決を釈放後まで控えることはできない。
もっとも,民事訴訟には訴訟代理や法律扶助の制度があるとして,出廷権を認めない,あるいは制限しても構わないという議論もあり得る。
しかしながら,我が国においては弁護士強制の制度をとっておらず,あくまで訴訟代理・法律扶助の制度は本人の訴訟遂行を十全ならしめるための補充的なものに他ならない。弁護士費用があっても弁護士には受任拒否の自由があるし,反対に弁護士費用がない場合でも,法律扶助も扶助する事件に条件をつけて審査を行い選別することが許されているのであるから,扶助を受けることができない場合も生じうる。
したがって,訴訟代理・法律扶助の制度は,出廷権を認めない・制限できるとする根拠とはなりえない。
② 被収容者が出廷を認められない場合の不利益
相手方が出席した場合,武器平等・当事者対等の原則に明白に違反し公正な審理を受ける権利が侵害されてしまうことは明らかである。     すなわち,第1回期日については擬制陳述(民事訴訟法158条)があるが,当該期日の弁論内容を把握し,その場で反論することはできない。続行期日では擬制陳述は認められないため,新たな論点について,仮に書面で反論を行っても裁判資料としては認められず,出頭当事者の弁論のみに基づいて審理が進められる。また,証拠調べは当事者不出頭でも可能であり(同法183条),この場合,欠席当事者の反対尋問等防御権は明白に侵害される。
このように,被収容者の出廷が認められない場合の不利益は重大であり,理論的にも利益考量の面からも,被収容者に出廷権が認められるべきである。

以上