声明・決議・意見書

意見書2021.07.15

連鎖販売取引における若年者等の被害を防止するための規制強化を求める意見書

2021年(令和3年)7月14日

広島弁護士会

 

第1 意見の趣旨

国は,連鎖販売取引における若年者のトラブルが増加している状況や2022年4月1日から成年年齢が18歳に引き下げられることなどを踏まえ,同取引による若年者等の被害を防止するため,特定商取引に関する法律(以下「特商法」という。)について,以下のとおり改正を行うべきである。

 

1 22歳以下の者との間の連鎖販売取引の禁止と民事効

22歳以下の者との間で連鎖販売取引を行うことを禁止すべきである。また,これに違反した場合,特定商取引法第3章における行政処分の対象とするとともに,連鎖販売加入者のうち,20歳(2022年4月1日に予定されている成年年齢引下げ後は18歳)から22歳までの若年者については,当該契約の申込み又はその承諾の意思表示を取り消すことができるものとすべきである。

 

2 利益収受型物品・役務の取引等に関する連鎖販売取引の禁止と民事効

金融商品まがいの取引,商品預託取引,投資用DVD・ソフト,仮想通貨投資等の利益収受型物品又は役務の取引に関する連鎖販売取引を行うことを禁止すべきである。また,これに違反した場合,特定商取引法第3章における行政処分の対象とするとともに,連鎖販売加入者は当該契約の申込み又はその承諾の意思表示を取り消すことができるものとすべきである。

 

3 借入金又はクレジット等による連鎖販売取引の勧誘の禁止と民事効

特定負担の支払方法につき借入金,クレジット等の与信(返済までの期間が2か月を超えない場合を含む。)を利用する連鎖販売取引の勧誘を行うことを禁止すべきである。また,これに違反した場合,特定商取引法第3章における行政処分の対象にするとともに,連鎖販売加入者は当該契約の申込み又はその承諾の意思表示を取り消すことができるものとすべきである。

 

4 適格消費者団体の差止請求権の拡充

前記第1項から第3項までにおいて提案する取消権の対象となる各違反行為を,特定商取引法第58条の21に定める適格消費者団体の差止請求権の対象に追加すべきである。

第2 意見の理由

1 トラブルの現状

(1) マルチ取引の相談件数

マルチ取引とは,物品・役務等を契約した者が,次は自分が買い手を探し,買い手が増えるごとにマージンが入る取引形態をいう。

国民生活センターによれば,連鎖販売取引等のマルチ取引に関する相談件数は,毎年1万件強が続いている。

そして,近年は20歳代の若年者からのマルチ取引に関する相談が増加しており,広島においても同様の傾向が見られ,20歳代以下においては「マルチ・マルチまがい」に関する相談の割合が,他の年代と比較して多い(広島県消費生活課「令和2年度上期の消費生活に関する相談状況について」5頁)。

(2) 若年者等のマルチ取引被害を防止する対策の必要性

以上のように,マルチ取引に関するトラブルが一向に減少せず,若年者の被害が多い状況や,2022年4月から成年年齢が18歳に引き下げられることなどの状況に鑑みると,早急に特商法を改正して,以下に述べるような規制強化による対策を講じることが必要である。

 

2 22歳以下の者との間の連鎖販売取引の禁止と民事効(意見の趣旨1)

PIO-NET[i]の相談データによると,未成年者取消権によって保護されている未成年者に比べ,成年年齢に達して間もない若年成人からの相談件数は格段に多く,契約金額も高額になる傾向があり,社会経験が乏しい若年者を狙い撃ちする悪質業者の存在が窺われる。

また,日本の高等学校卒業者に占める大学,短期大学及び専門学校への進学率は約7割に及んでいること等から,22歳以下の年齢層には,成人ではあっても社会経験に乏しい若年者が多く存在する。

特商法38条1項4号に基づく指示対象行為として,同法施行規則31条5号は,従来「未成年者その他の者の判断力の不足に乗じ,連鎖販売業に係る連鎖販売契約を締結させること」と規定していた文言の前半部分を,「若年者,高齢者その他の者の判断力の不足に乗じ」と改正し,成年年齢の引下げによって新たに成人となる18歳及び19歳のほかに,20歳代でも社会経験に乏しい者も若年者として保護の対象となり得るよう措置をした。しかし,「若年者」というだけでは範囲が不明確であり,また,主務大臣による指示の対象行為とするだけでは,若年者保護として十分とは言えない。

したがって,成人ではあっても社会的経験が乏しい世代であり,マルチ取引によるトラブルも現に多く発生している年齢層である,少なくとも22歳以下の者との間においては,連鎖販売取引を行うこと自体を適合性原則に違反する具体的な類型として禁止すべきである。

さらに,規制の実効性と被害救済の観点から,この禁止に違反した場合,特商法38条以下に基づく行政処分の対象とするとともに,社会生活上の経験不足に乗じた幻惑的な取引の勧誘により困惑状態で契約締結に至る類型(消費者契約法4条3項3号以下参照)に準じて,20歳(成年年齢引下げ後は18歳)から22歳までの加入者は当該契約の申込み又はその承諾の意思表示を取り消すことができるものとすべきである。

 

3 利益収受型物品・役務の取引に関する連鎖販売取引の禁止と民事効(意見の趣旨2)

若年者を対象とする連鎖販売取引では,情報商材など高い収入が得られると称する物品・役務を販売するケースが多く見られる。

金融商品まがいの取引,現物まがいの商品預託取引,投資関連の情報商材等の利益収受を目的とする物品・役務の取引においては,これらを勧誘する者がその仕組みやリスクについて正確かつ十分な説明を行う義務を負うべきであるところ,新規加入者が後続の加入者を順次勧誘するという仕組みの連鎖販売取引においては,新規加入者がかかる説明義務を適切に果たし得るとは考え難い。また,連鎖販売取引においては,親しい者からの勧誘や,「必ず儲かる」などの不実告知や断定的判断の提供といった不当な勧誘が行われやすいため,冷静な投資判断を妨げるおそれも大きい。

このように,利益収受型物品・役務の取引に関する連鎖販売取引は,販売目的物と販売システムによる二重の利益を収受し得るとする仕組みの性質上,そもそも適正なリスク告知がなされることが想定困難であり,構造的に見て誤認を招く販売方法である。実際にも,利益収受型物品・役務の取引に関する連鎖販売取引により深刻な被害を多数発生させている状況に鑑みれば,その取引を行うこと自体を禁止すべきである。

さらに,規制の実効性と被害救済の観点から,この禁止に違反した取引を行った場合,特商法38条以下に基づく行政処分の対象とするとともに,加入者は当該契約の申込み又はその承諾の意思表示を取り消すことができるものとすべきである。

 

4 借入金,クレジット等による連鎖販売取引の勧誘の禁止と民事効(意見の趣旨3)

マルチ取引の勧誘に対して「お金がない」と言って断ろうとしても,「すぐに元が取れる」などと言われて消費者金融などから借入れをさせて購入代金を支払わせるケース,クレジットで購入させられるケースなどが見受けられる。

手持ちの資金がない者に対して,儲け話で射幸心をあおり,借入金やクレジット等によるマルチ取引へと誘引する行為は,借入金の返済やクレジット利用代金の支払に窮した被勧誘者が友人や親族などに対して勧誘を行い,周囲との人間関係が破壊されてしまうといった悲惨な結果にもつながりかねない。

したがって,特定負担の支払方法につき借入等の与信を利用する連鎖販売取引を勧誘する行為は,若年者に対するものに限らず,特商法34条に規定する禁止行為に新たに加えるなどして禁止すべきである。

そして,これに違反した場合,特商法38条以下に基づく行政処分の対象とするとともに,このような勧誘は,借入金等の返済額を上回る利益が確実に得られるかのような断定的判断の提供がなされることが強く推認される点で,構造的に誤認を招く販売方法であることや,規制の実効性と被害救済の観点から,加入者は当該契約の申込み又はその承諾の意思表示を取り消すことができるものとすべきである。

 

5 適格消費者団体の差止請求権の拡充(意見の趣旨4)

適格消費者団体の差止請求権は,消費者庁や都道府県による法執行の補完的機能を担っているものであるが,都道府県の行政処分の効力が当該都道府県に限定されるのに対し,適格消費者団体の差止請求は全国的に効果を及ぼし得る。したがって,全国的に発生するマルチ取引による被害を防止するためにも,特商法58条の21に規定する適格消費者団体の差止請求権の対象が拡充されるべきであり,意見の趣旨1項から3項までにおいて提案している取消権の対象となる各行為が現に行われ又は行われるおそれがあるときは,適格消費者団体において差止請求ができるものとすべきである。

[i] 国民生活センターと全国の消費生活センター等をオンラインネットワークで結び,消費生活に関する相談情報を蓄積しているシステム

以上