声明・決議・意見書

会長声明2023.02.09

広島県農業ジーンバンクの廃止につき再考を求める会長声明

          2023年(令和5年)2月9日

広島弁護士会 会長 久笠 信雄

 

第1 声明の趣旨

当会は、広島県及び一般財団法人広島県森林整備・農業振興財団に対し、広島県農業ジーンバンクの廃止につながる保存種子の譲渡については、広島県議会の十分な議論や広島県民の意見を広く聞いたうえで、慎重に判断するよう求める。

 

第2 声明の理由

1 広島県及び一般財団法人広島県森林整備・農業振興財団は、2022年(令和4年)11月18日、広島県議会や広島県民の意見を聞くことなく、内部手続のみで、広島県農業ジーンバンクにある約1万8600点の種子のほとんどを国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(以下「農研機構」という。)に譲渡するとし、これに伴い、広島県農業ジーンバンクの事業は2023年(令和5年)3月31日をもって廃止されることとなった。

2 広島県農業ジーンバンクは、失われつつある広島県農産物種子の保存とその再活用を目的として、広島県が1988年(昭和63年)に設立したもので(現在の事業主体は、一般財団法人広島県森林整備・農業振興財団)、広島県内くまなく回って収集された保存種子は、現在、稲類約8000点、麦類約3000点、豆類約1600点、雑穀・特作物約1000点、牧草・飼料作物類約2400点、野菜類約2600点、合計約1万8600点にも上る。

国レベルで遺伝資源の冷蔵保存に取り組むジーンバンクとは別に、35年余り、広島県において独自に運営されてきたものである。

保存種子は、国のジーンバンクを含め一般的には研究者や育種の専門家にしか提供されないが、広島県農業ジーンバンクの事業においては、この保存種子を広島県内の農家は無料で利用でき、利用後は当該農家が自分で採種して返却する仕組みとなっている点が大きな特徴である。

2009年(平成21年)から実施されている「広島お宝野菜」プロジェクトでは、青大きゅうり、観音ねぎ、矢賀ちしゃ、川内ほうれんそう、笹木三月子大根などが広島県内の農業生産法人等に有望な品種として提供され、地域活性化につなげられた。例えば、福山市が原産地の青大きゅうりは、福山市でも種子の入手が難しくなっており、栽培者も消滅しかけていたが、広島県農業ジーンバンクが種子を提供することで、旧世羅町で栽培が復活するなどしており、全国的に広島県の伝統野菜が注目を集めている。

3 植物の種子には、自家採種などによって代々植物の持つ性質や形といった形質が受け継がれた「固定種」と、異なる優良な形質を持った親をかけ合わせて作る「F1種」という2つの種類があるが、広島県農業ジーンバンクにて保存されている種子は固定種である。

固定種は、その品種が固定された地域の気候や風土に適応しているのが特徴であり、まさに広島県固有の作物は、広島県での育成に適している。

現在スーパーなどで売られている野菜のほとんどはF1種の野菜である。F1種は、人為的に掛け合わされ、野菜の成長が早く、さらに雑種の一代目は両親の優性形質だけが現れるため、形や大きさも揃いやすいなどの特徴があるが、F1種が人間の意図した通りの性質を持つのは一代限りである。そのため、F1種は、実質的に自家採種することはできず、生産者は種苗会社から毎年種子を購入しているのが現状である。

そもそも、日本は種子の自給率が低く、種子のほとんどの生産を海外に頼っている。そのため、万が一、種子の生産地で異常気象等が起こり不作となったり、国際情勢の変化などにより種子の輸入が困難となれば、結果的に日本で野菜をつくることができなくなり、日本の食料の安定供給にも影響が出る。その意味で、日本の風土に適した固定種は、種子の自給や保存といった重要な役割を果たしているのであり、多様な種子を保存してきた広島県農業ジーンバンクの事業は、広島県ひいては日本の食糧の安定供給に備える働きも担っているのである。

4 広島県は、2018年(平成30年)、主要農作物種子法が廃止されたため、民間事業者が種子を独占することで、価格高騰や遺伝子組み換え作物の流入がおきるのではないかという懸念から、2020年(令和2年)7月に、奨励品種の選定や種子の安定供給に関する県の責務を定めた「広島県主要農作物等種子条例」(以下「種子条例」という。)を制定している。

この種子条例は、第1条で「本県農業の生産性の向上、持続的な発展及び食の安全に寄与することを目的」としており、第3条第1項で「本県農業の競争力の強化や県民への安定的な供給を基本とし、主要農作物の品種改良並びに種子の生産、普及及び保存に当たっては、地域の気象、土壌等の生産条件、消費者の需要動向等を十分に考慮するとともに、県民の理解を促しながら、生産者をはじめ、関係者との連携及び相互理解の下に行うものとする。」と定める。

しかしながら、この度の広島県の保存種子の譲渡に伴う広島県農業ジーンバンク事業の廃止は、その保存種子の譲渡に至る理由につき広島県民に十分に知らされておらず、また、広島県議会での十分な議論のもとにされたものではない。そのため、この度の広島県農業ジーンバンク事業の廃止は、この種子条例の趣旨に反する懸念がある。

この点、広島県は、種子条例に定める「特定品種」の認定基準の整理に伴い、これまで広島県農業ジーンバンクにて保存していた種子を農研機構に譲渡するに過ぎない旨の説明をしている。

しかし、そもそも「特定品種」の認定基準の整理と、多様な種子の保存を誰がどのように行うべきかは別問題である。「特定品種」の分類内容により、農研機構に譲渡すべき論理的必然性はない。

広島県農業ジーンバンクにて保存されている種子は、広島県での育成に適した固定種である。固定種の保存や有効活用のためには、当該品種の特性が十分に発揮される地域や栽培法などの要素も重要となるところ、このような観点からは、やはり固定種の「生まれ故郷」である広島県において保存されることが、種子の有効活用のためにも望ましい。

先にも述べたように、広島県農業ジーンバンクにて保存されている種子は、当時、広島県内くまなく回って収集された約1万8600点もの種子であり、現在では収集不可能な種子も含まれた、広島県にとって、非常に貴重な財産である。また、無料で広島県内の農家が利用でき、利用後は当該農家が自分で採種して返却するといった、広島県内における循環型の仕組みが出来ている点で、種子の自給や保存にとって一定の役割を果たしてきたといえる。

広島県は、農研機構へ種子を譲渡した後も、農研機構から種子の配布を受けることが可能である旨の説明をしているが、その際の手続き等について、果たして十分な種子の利用を確保するに足るものなのかどうかについても慎重に検討されなければならない。

5 以上のことからすれば、これまで35年余りに渡って広島県において独自に運営されてきた広島県農業ジーンバンクの廃止につながる保存種子の譲渡については、広島県議会の十分な議論や広島県民の意見を広く聞いたうえで、慎重に判断されるべきである。

以上

 

<執行先>

広島県知事、一般財団法人広島県森林整備・農業振興財団、広島県議会議長、広島県議会議員

 

<参考送付先>

日弁連、各連合会、各単位会、広島司法記者クラブ

 

以上