声明・決議・意見書

会長声明2007.08.22

公平な司法試験と充実した法科大学院教育の確保を求める会長声明

広島弁護士会
会長  武井康年

1  司法試験考査委員を兼任していた法科大学院の教授が、本年度の司法試験前の答案練習会などの機会に、実際の問題に類似した論点などを学生に説明していたことが明らかになった。
2  法務省の調査結果などによると、法科大学院において教育に従事するとともに、司法試験(法科大学院を修了した学生のみが受験するいわゆる「新司法試験」)考査委員(以下「考査委員」という)を兼任していた教授が、本年の司法試験に向けた答案練習会を当該法科大学院で7回開催し、メールで学生からの受験相談に応じ、検討しておくべき論点や判例などを指摘していた。それらのメールにおいて紹介された判例が、司法試験の短答式試験に出題され、論文式試験においてもメールや答案練習会で取り扱うなどした判例及び法律に関連した問題が出題されていた、とのことである(以下「本件事件」という)。
当該教授は考査委員を解任され、当該法科大学院を依願退職しているが、司法試験委員会は、すでに、本件事件が当該法科大学院の学生に有利な結果をもたらしたとは認められないとして、得点調整などの措置を行わないと発表している。さらに、他の考査委員に対する調査も行われたが、その調査は不適切な受験指導を行ったかどうかを申告させる形で実施され、特に不適切な受験指導はなかったと結論づけている。
3  考査委員による本件事件のような行為は、一部の司法試験受験者のみに有利な情報を与えるものであり、以下のような影響を生じる。
司法試験は、いうまでもなく法曹たる能力及び素養を判断するための資格試験である。その公正さが保たれなければ、市民の権利義務を擁護する法曹の資質を疑わせることになり、ひいては社会の法曹に対する信頼が損なわれる結果を生じかねない。
また、本件事件及びこれと同様の事件によって司法試験の公平性に疑念が生じれば、他の法科大学院を修了して不合格とされた司法試験受験生は試験の結果に納得しがたく、問題となった当該法科大学院を修了して合格した者はその法曹としての資質に疑念を向けられるおそれがある。
考査委員から直接に試験対策指導を受けることができる状況が放置されれば、考査委員を兼任する教員の有無によって、法科大学院の間に大きな情報格差が生じるだけでなく、考査委員が首都圏の法科大学院に多数在籍していることを考えれば、首都圏の法科大学院で学ぶ学生と地方の法科大学院で学ぶ学生との間に地理的要因を超えた情報格差を生むおそれがある。
4  そこで、当会は以下のような対策を求める。
(1)  司法試験と法科大学院の信頼性を維持・回復するため、法務省及び文部科学省は、本件事件についてさらに徹底した調査を行うとともに、過年度・当該法科大学院以外の法科大学院・当該科目以外の科目についても、広く網羅的な調査を行うべきである。
(2)  本件事件と同様の問題の再発防止と、同様の疑念を抱かせる事態の防止のため、考査委員が法科大学院において、法科大学院主催であるか、関係する別団体主催であるか否かにかかわらず、学生の答案練習に関与したり、直接的な受験指導を担当したりすることは厳に禁じられるべきである。学生が司法試験対策を望むのは当然であるが、その希望に漫然と応じて試験対策が横行すれば、法科大学院は単なる受験準備のための機関となり、本来の設立理念が失われることになる。
(3)  考査委員は、自己の所属する法科大学院の利益や私情に流されてはならず、守秘義務を厳守しなければならない。法務省及び司法試験委員会は、考査委員の人選や守秘義務の徹底について、格段の配慮を行うべきである。
(4)  新聞の報道によれば、本件事件を起こした教授は、「合格者数を維持したかった」と答えているとのことであり、法科大学院間の過剰な競争がこのような事態を招いた面は否定できない。法科大学院が、単なる受験対策に傾倒することなく、基礎的な法曹養成機関としての実体を備えられるよう、法科大学院の数、各法科大学院の定員、司法試験合格者の人数等について、法曹人口問題と併行した総合的な再検討を行うべきである。
5  当会は、本件事件を受けて、法曹たる能力及び素養を的確に判断できるように公平な司法試験が行われ、かつ、法科大学院における基礎的な教育がその設立理念に則った形で充実したものとなるような抜本的な対策を関係諸機関に求めるため、本声明を発表する。

以上