声明・決議・意見書

意見書2014.11.21

「新たな刑事司法制度の構築のための法制度の概要」に反対する意見書

広島弁護士会
会長 舩木孝和

第1 意見の趣旨
当会は,来年度の通常国会で法改正が予定されている「新たな刑事司法制度の構築のための法制度(「要綱」(骨子))」に対し,以下の点について問題があると考えるため,同法制度案がそのまま法制化されることに反対する。
1 取調べの可視化については,全面的に可視化を行うべきであるにもかかわらず,本制度案ではこれがなされていないため,不十分であること
2 合意制度や刑事免責制度において,現行の刑事訴訟法における伝聞例外の規定との矛盾・抵触が考慮されておらず,十分な検討がされた上での制度変更とはいえないこと
3 通信傍受法の拡大については,憲法で保障される通信の自由の侵害となる可能性が極めて高いこと
4 証拠開示方法については,その内容が不十分で,検察官の更なる証拠隠しにつながりかねないこと
5 被害者・証人等の支援制度については,被告人の防御権を侵害する可能性があるだけでなく,刑事訴訟法の理念や弁護士自治と抵触するおそれもあること
6 被疑者国選弁護制度の対象が勾留された被疑者の全件に拡大された点は評価されるべきであるが,より公的な弁護の必要性の高い逮捕段階に導入されるに至っておらず,また,付帯事項における公費支出の合理性・適正性等が強調されると制度に伴う予算措置が担保されないおそれがあること
第2 意見の理由
1 「新たな刑事司法制度を構築するための法整備」の経緯
(1)法制審議会特別部会の活動
ア 法務大臣は,平成23年5月18日,法制審議会に対して「近年の刑事手続をめぐる諸事情に鑑み,時代に即した新たな刑事司法制度を構築するため,取調べ及び供述調書に過度に依存した捜査・公判の在り方の見直しや,被疑者の取調べ状況を録音・録画の方法により記録する制度の導入など,刑事の実体法及び手続法の整備の在り方について,ご意見を承りたい」とする諮問第92号を発した。
これを受けた法制審議会は,平成23年6月6日に開催された法制審議会第165回会議において,同諮問について,調査・審議するため,「新時代の刑事司法制度特別部会」の設置を決定した。
イ 同特別部会は,設置から約1年半の審議期間を経た平成25年1月29日の第19回会議において,「時代に即した新たな刑事司法制度の基本構想」と題する取りまとめを発表し,「時代に即した新たな刑事司法制度を構築するため検討するべき具体的方策」を掲げた。
そして,同特別部会は,その中で「取調べへの過度の依存からの脱却と証拠収集の適正化・多様化」(捜査段階)として,
① 取調べの録音・録画制度の導入
② 刑の減免制度,協議・合意制度及び刑事免責制度
③ 通信傍受の対象の拡大・会話傍受
④ 被疑者・被告人の身柄拘束の在り方
⑤ 弁護人による援助の充実化
を挙げ,また,「供述調書への過度の依存からの脱却と公判審理の更なる充実化」(公判段階)として,
① 証拠開示制度
② 犯罪被害者等及び証人を支援・保護するための方策の拡充
③ 公判廷に顕出される証拠が真正なものであることを担保するための方策(司法の機能を妨害する行為への対処)
④ 自白事件を簡易迅速に処理するための手続きの在り方
を挙げた。
(2)当会による反対意見の表明
ア 当会は,上記法制審議会の基本構想に対し,2014年(平成26年)2月5日付意見書にて,①過去の多くの冤罪事件は,密室の中での過酷な取調べにより,被疑者が虚偽の自白を強要されたことに原因があるため,冤罪事件を防止するには,被疑者の黙秘権を全うさせるべく,速やかに法律により取調受忍義務を否定すべきであること,②被疑者の虚偽自白を防止するためには,法律と裁判制度の専門家である弁護人が,被疑者の取調べに立ち会い,被疑者がその場で弁護人のアドバイスを受ける機会を保障することが不可欠であるから,被疑者の取調べに弁護人の立会権を認めるべきこと,③密室における取調べという構造的な問題を是正するためには,一切の例外を認めることなく,すべての事件において,すべての取調べの録画・録音を制度化しなければならないこと,について意見を述べた。
イ また,当会は,上記意見書において,特別部会で検討されている方策に関して,
(ア)「公判廷に顕出される証拠が真正なものであることを担保するための方策として被告人を証人とし,包括的黙秘権を放棄したものとすること」について,刑事訴訟法322条によって,被告人の不利益供述は,任意性さえ認められれば公判廷に顕出される扱いになっていることから,捜査段階で虚偽の自白をした被告人が公判廷において調書内容と異なる真実の供述をした場合に,検察から「偽証罪」の圧力をかけられるおそれがあるため,被告人が真実を語ることができないことになりかねない旨
(イ)通信傍受の合理化・効率化及び会話傍受の導入には危険性があること,すなわち,通信傍受は憲法の定める捜索・差押えにあたって場所及び対象物の特定を要求している令状主義(憲法35条),適正手続の保障(憲法31条)をはじめとする憲法上の要請を満たす事が困難な捜査手法であるため,通信傍受をより広く認める方向での改正は上記事情に鑑み到底許容できないものである旨,
(ウ)刑の減免制度,協議・合意制度及び刑事免責制度が虚偽自白をもたらす危険性,すなわち,刑罰の減免を条件に供述をさせることは,黙秘を貫けば相対的には不利な処分になり得ることから,被疑者の虚偽の自白を生み出す危険性が非常に高く,違法な「利益誘導」とされること,共犯者の自白についても,従前から引っ張り込みの危険があるとされ,その証拠能力・信用性が,通常の証言・供述よりも厳密に検討されるべきとされてきたものであり,刑事免責制度等を認めるとすれば,かえって引っ張り込みの危険は増大する旨
をそれぞれ指摘したところである。
(3)本制度案に関する当会の対応
このような経緯の中,特別部会から本年2月14日に「たたき台」が提案され,同年4月30日に「事務局試案」が公表された。
また,同年7月9日に「新たな刑事司法制度の構築についての調査審議の結果(案)」がとりまとめられ,その中において,「新たな刑事法制度構築のための法制度の概要」の法制度化が必要であるとされた。
その上で,同年9月18日に開催された法制審議会会議において,上記案が採択され,法務大臣に答申することが決定された。
しかしながら,当会においては,同年6月2日に会内にて意見交換会を開催し,事務局試案に対し,全体として反対の意見を有することを確認するとともに,日弁連理事会においても反対の意思を表明するなど,一貫して法制審議会が推進する新しい刑事司法制度につき,反対の意思表示をしてきたところである。
そこで,以下,「新たな刑事司法制度を構築するための法整備」の具体的問題点を指摘する。
2 「新たな刑事司法制度を構築するための法整備」の具体的問題点
(1)取調べのあり方をめぐる問題点について
ア 今回導入される制度の概要
被疑者・被告人の取調べ及び供述調書の証拠調べに関して今回導入されようとしている制度は,
(ア)被告人供述調書の任意性が争われた場合には,取調べの録音・録画媒体の証拠調べ請求をしなければならない
(イ)ただし,例外事由の存在によって,録音・録画媒体が存在しない場合には,同記録媒体の証拠調べを要しない
(ウ)そして,上記(ア)(イ)の適用される事件は,裁判員制度対象事件及び検察官独自捜査事件のみである
というものである。
イ 取調べの本来的なあり方
(ア)そもそも,被疑者・被告人には黙秘権(憲法38条1項)が保障されている以上,黙秘権の実質的保障のため,被疑者・被告人の取調受忍義務を認めるべきではなく,供述調書作成に際しては,弁護人の立会権を認めるべきである。
(イ)また,現在に至るまで,密室での取調べにより,虚偽自白が強要された事件が数多くあったことは公知の事実であり,そのため,被疑者・被告人の黙秘権の確保のみならず,捜査・取調べの適正を確保するためにも,上記(ア)のような制度を構築すべきである。
(ウ)そして,少なくとも捜査・取調べの適正を確保するためには,その取調べ内容及び取調べ状況を記録しておくこと,すなわち,取調べの全過程についての可視化(録音・録画)が必要とされている。
ウ 今回導入される制度の問題点
(ア)今回導入されようとしている制度は,上記趣旨からすると極めて不十分なものである。
(イ)取調べの全過程についての可視化は,捜査及び取調べの適正を確保するために行うものである以上,全ての事件に導入されなければ,その意義は低いものとなる。
そして,今回の法制度案において可視化の対象とされている事件は,上記ア(ウ)のとおり,極めて狭い範囲のものでしかない。
(ウ)また,例外事由が極めて広く設定されているため,上記ア(イ)の規定を前提とすると,任意性の確保のために必要とされる可視化制度が実質的に骨抜きにされる可能性がある。
すなわち,録音・録画を証拠として提出しなくてもよい例外事由として同法制度案に定められている「被疑者が十分に供述できないと認めるとき」,「被疑者等に対する加害行為等がなされるおそれがあり,記録をすると十分に供述できないと認めるとき」に当たるかの解釈は,最終的には裁判所が行うものの,取調べがまさに実施される時点では,検察官の主観的な判断に基づき,可視化を行うか否かが決定できる内容となっている。つまり,本来,録音・録画によって取調べを適正にしたかどうかを問われるべき立場にある者の判断によって,録音・録画をしないことが可能になるという矛盾した制度となっている。
加えて,同法制度案において,「指定暴力団の構成員」については,そもそも可視化しなくてよいことになっているが,過去に警察官や検察官による暴力団員に対する暴力的な取調べがあった事実を考えれば,むしろ率先して可視化の対象に含めるべきである。しかし,この制度案では,そのようになっていない。
(エ)また,仮に取調べの録音・録画が行われていたとしても,上記ア(ア)のような規定を設けるに際し,あくまで当該録音・録画は任意性判断のための補助証拠として使用され,犯罪事実の立証のための実質証拠として使用されることがない旨を法律に明記すべきである。
なぜなら,弁護人の立ち会いがなく,証拠資料を検討する機会もないままなされた,警察官や検察官からの取調べを受けたことによって取調室内において行った供述を実質証拠として用いることは,被疑者・被告人の黙秘権を実質的に侵害する危険性が高く,かつ弁護人によるテストを受けない供述を実質的証拠として扱うことに他ならないからである
エ 小括
以上のとおり,本制度案で導入されようとしている可視化制度は不十分であるばかりでなく,場合によっては有害なものである可能性が高いものである。
(2)捜査・公判協力型協議・合意制度及び刑事免責制度の導入について
ア 今回導入される制度の概要
上記制度には,いわゆる司法取引や刑事免責制度も含まれている。具体的には,
(ア)被疑者・被告人が「真実の供述その他の行為」をすることにより,検察官との間で不起訴処分や特定の求刑等の処分をする旨の合意をすることができる(弁護人を含めて行う)
(イ)上記(ア)によって作られた書面は「合意書面」とされ,検察官は証拠請求を義務付けられる
(ウ)被疑者・被告人は,上記の「合意」から離脱できる
というものである。
イ 現時点における刑事訴訟法の構造及び判例の趨勢
(ア)現在,我が国の刑事裁判では,供述調書の証拠能力が刑事訴訟法321条及び322条等で認められ,もっぱらそれを中心として,犯罪の成否等が決定されている(なお,第三者供述に関する321条1項2号における「特信性」や,被告人供述における322条の「任意性」が否定されることは極めて少ないのが,現状である)。
したがって,我が国の現状では,法廷における証言の信用性が重視されるような裁判制度ではないため,そもそも「司法取引」が行われている国の裁判制度とは,その基盤が大きく異なる。
(イ)また,我が国における判例法理では,上記(ア)を前提として,特に共犯者供述の信用性判断は慎重でなければならないとされている(最高裁昭和60年12月19日・判時1194号138頁など)。
ウ 今回導入される制度の問題点
(ア)上記イのような我が国の現在の刑事訴訟法を前提した場合,司法取引によって得られた供述証拠が,刑事訴訟法における伝聞証拠の中で,どのような位置づけにされるものか不明確である上,刑事訴訟法321条1項2号における「特信性」,同322条における「任意性」を争った場合の手立てが何ら用意されていない。したがって,制度として極めて不十分なものであることは明らかである。
(イ)また,対象事件の内容からみても,上記のような司法取引を制度化しようとする目的は,事実上これまで検察が収集に困難を来していた「特定犯罪の証拠」を収集するための手段を強化しようとするものに過ぎないと評価せざるを得ない。
そのため,これらの制度は,「適正な証拠収集」とは全く異なる運用をされるおそれが高くなり,ひいてはさらなる冤罪を生み出す可能性が高くなるものである(特別部会が設置される契機となった村木厚子氏の事件などは,この制度が確立されていれば,有罪と判断された可能性が高いものであろうことは,容易に推測できる)。
(ウ)また,特に本制度において念頭に置かれているのは,共犯者関係にある者の供述であると思われるところ,共犯者供述の信用性については,上記最高裁判例が示すとおり,慎重に判断をしなければならないものである。
しかしながら,虚偽供述に刑事罰の罰則こそあるものの,それ以外に何ら担保がされていない今回の制度設計では,共犯者供述の信用性判断に対して何らの措置も行われておらず,無条件に信用性を認められるような状況になりかねない(なお,偽証罪がほぼ起訴されていない現状から考えれば,刑事罰の罰則を設けたとしても,ほとんど意味を持たない可能性が高いことは,明白である)。
(エ)また,刑事免責制度を導入した場合,その免責制度そのものが,一般的に供述の信用性判断の基準とされている「虚偽供述を誘発する利益誘導があること」に該当することは明白である。
したがって,供述の信用性判断については,慎重な制度設計や判断枠組みを構築すべきであるところ,本制度案において,そのような手立てがされている形跡はない。
エ 小括
以上のとおり,本制度を導入するのであれば,我が国の刑事訴訟法自体を根本から改定する必要があるが,訴訟法の見直しを含めずにこれを行った場合には,単に不正確な内容の証拠を収集することを奨励することになることは明らかである。そのため,結果として冤罪事件が増加することになるものといえる。
したがって,この制度自体の導入を行った場合,我が国における刑事裁判に悪影響が生じることは明白である。
(3)通信傍受の合理化・効率化について
ア 今回導入される制度の概要
通信傍受法の改正に関して,今回導入されようとしている制度は
(ア)対象犯罪の拡大
(イ)傍受の実施要件に「あらかじめ定められた役割の分担に従って行動する人の結合体により疑うに足りる状況」というものを追加
(ウ)特定装置を用いることによる,立会い・封印の不要化
などである。
イ 通信傍受法制定の経緯
(ア)そもそも,通信傍受法が制定されたのは平成11年8月18日であるが,同法は「盗聴法」と呼ばれ,憲法違反・刑事訴訟法違反であるという批判がなされていた。
(イ)通信傍受法が制定される前には,検証令状による通信傍受が行われており,最高裁において,通信傍受法の法律制定後ではあるが,通信傍受の適法性についての検討がされている(最高裁平成11年12月16日・判時1701号163頁)。
その判旨の中では,通信の傍受の要件について,「重大な犯罪」「罪を犯したと疑うに足りる十分な理由」「被疑事実に関連する通話の蓋然性」「電話傍受以外によっては証拠収集が著しく困難」である場合に,「電話傍受により侵害される利益の内容程度等を考慮した上で,傍受を行うことが真にやむを得ない」場合に憲法上許される,とされていた。
(ウ)そして,現在の通信傍受法第3条でも,上記最高裁判決とほぼ同趣旨の内容が,傍受令状の発付要件とされている。
ウ 今回導入される制度の問題点
(ア)上記の通信傍受法の制定経緯等から明らかなとおり,現状の通信傍受法自体,憲法上の保障される「通信の自由」と抵触するおそれがあるものである。
そのため,本制度案のように,対象範囲を拡大することや,傍受の手続としての立会い・封印を不要化することは,人権侵害の程度を極めて大きくするものであって,上記最高裁判例の趣旨に反するだけでなく,憲法上の権利を侵害する蓋然性が極めて高いものである。
(イ)具体的に,今回の制度案では,上記のとおり,殺傷犯,逮捕・監禁関係,窃盗・強盗関係,詐欺・恐喝関係,児童ポルノ関係の犯罪が対象として追加されることとなっている。
そのため,日常的に起こりうる多くの犯罪が,通信傍受の対象となるが,このような犯罪にまで通信傍受を必要とするような立法事実はないことは明らかであって,捜査機関に対し,度を超えた捜査権限の拡大を認めることになる。
(ウ)そもそも通信傍受(会話傍受含む)は,直接的な証拠(証言を含む)が大きな意味を持つ海外の法制度において,伝聞証拠ではなく直接的な証拠(非伝聞証拠)を収集する必要性があることから,認められているものである。
他方,我が国の現行の刑事訴訟法においては,前述のとおり,調書が重要な証拠として位置づけられ,容易に伝聞証拠である調書が採用されるというのが現状である。
そのため,刑事訴訟法における調書の証拠能力の点についても,併せて検討した上でなければ,検察官が提出する証拠の幅を無意味に拡大することになりかねない。したがって,この制度を導入することは,法制度のバランスから考えても極めて危険である。
(エ)また,通信傍受は,令状発付による裁判官の事前審査が行われているため,上記のような危険性はないという意見がないわけではないが,それは我が国の現状を全く踏まえてないものである。
すなわち,現在,令状審査は,地方裁判所または簡易裁判所の裁判官によって行われているところ,令状請求が却下される率は極めて低く,いわばノーチェックに近い状態で発付されているというのが現状である。
例えば,平成22年には,大阪において,公判審理中の被告人が有する弁護人との間の尋問メモなどの捜索差押令状を発付するなどという事件が生じているところ,被告人と弁護人との間の秘密交通権の初歩的な理解があれば,このような令状が発付されることはないはずである。そのため,担当裁判官によっては,令状発付における審査が不十分であることは明らかである。
エ 小括
以上のとおり,通信傍受の拡大を認めることは,憲法で保障されている人権が侵害される危険性が高まるのみならず,我が国の刑事法制度のバランスを崩すおそれがある,危険なものであることは明らかである。
(4)証拠開示制度の拡充について
ア 今回導入される制度の概要
今回,証拠開示制度の拡充について,検察官は,被告人・弁護人に対し,証拠一覧表を提出することとされているが
(ア)証拠一覧表の記載は,標目・作成年月日・作成者(供述者)の氏名のみであり
(イ)「人の財産に対する加害行為等」がなされるおそれがある場合や「人の名誉等」が害されるおそれがある場合だけではなく,「犯罪の証明又は犯罪の捜査に支障が生じるおそれ」がある場合にも証拠一覧表に記載しないことができる
とされている。
イ 刑事訴訟法における証拠開示の考え方
(ア)現在,刑事訴訟法では,公判前整理手続(及び期日間整理手続)が定められ,その中で証拠開示が行われるようになっている。
このような証拠開示がされるようになったのは,検察官と弁護人の武器対等の原則に基づき,事件の審理に必要な証拠の開示を受けて争点を整理した上で,計画的かつ迅速な裁判を行い,もって真実の発見に資することが目的である。
(イ)その趣旨を受けて,公判前整理手続等では,類型証拠開示及び主張関連証拠開示手続により,多くの証拠が開示されるようになった。また,類型に該当する証拠については,検察官が任意に開示を行うかたちで,弁護人からの開示請求に先立って,必要な関係証拠を全面的に開示される運用が行われている。
その一方で,同手続内では,「開示の必要性」や「開示によって生じるおそれのある弊害の内容及び程度」を検察官において一応考慮した上で,上記開示が行われるようになっている。しかし,具体的な弊害などは通常存在しないので,これらの要件は実質的な意味を持たなくなっているのが現状である。
(ウ)上記のように,実質上,弁護人の検討が必要とされる証拠に関しては,全面的に開示されるような趨勢となっており,憲法上の要請である「武器対等の原則」にもかなう状況になりつつあるといえる(ただし,上記の「武器対等」という原則論から言えば,証拠については全面開示を行うのが正しいあり方といえる)。
ウ 今回導入される制度の問題点
(ア)しかし,今回の制度は,証拠開示の方法として不十分であり,かつ上記のような流れに逆に歯止めをかけるおそれがある。
(イ)まず,上記ア(ア)のような証拠開示の方法であれば,その証拠の内容が不明であって,そもそも「証拠開示」の趣旨を全うしないことが明らかである。そのため,証拠一覧表を開示する際には,少なくとも犯罪捜査規範によって定められている証拠作成における「作成目的」を併せて記載すべきである(これを記載したことによって,人権侵害等が生じるおそれは想定できない)。
(ウ)また,その余の問題点として,「証拠一覧表」と開示されるべき証拠の範囲の関係についての明確な定めがされていないことから,「証拠一覧表に挙げていない証拠については開示する必要がない」という方向性へ進むおそれがあることが挙げられる。
そして,証拠一覧表の記載内容が上記ア(ア)の程度に過ぎないことを考えると,この点だけを捉えても,現時点の制度よりも後退したものとなる可能性がある。
(エ)さらに,今回の制度案では,現在の公判前整理手続等における非開示理由に加え,「犯罪の証明又は犯罪の捜査に支障が生じるおそれ」があるものは開示する必要が無いこととなっている。
これを文面どおり受け取った場合には,被疑者・被告人のアリバイが存在するような証拠は,「犯罪の証明に支障が生じる」ため開示しなくとも良いということになる。
そして,これについての一次的判断権者は検察官にあることになるため,検察官が「犯罪の証明に支障が生じる」ことをもって,無罪の証拠となるべき証拠を隠蔽する危険性があり,これを払拭するための措置は何ら採られていない。したがって,このような条項は,むしろ検察官の証拠隠しにつながるおそれがある。
エ 小括
以上のとおり,今回の制度案における証拠一覧表の交付制度は,一見,現行の制度より前進しているように見えるものの,実際は,現時点の制度を後退させ,検察官の裁量による証拠隠しを推進しかねないものとなっている。
そのため,本制度案は,本来行われるべき証拠の全面開示から遠ざかる可能性がある内容となっているため,有害な制度となる可能性が極めて高いものといえる。
(5)犯罪被害者等及び証人を保護するための方策の拡充について
ア 今回導入される制度の概要
犯罪被害者等及び証人を保護するための方策として,今回導入されようとしている制度は,
(ア)証人が精神の平穏を著しく害されるおそれがあると認められる場合等一定の場合についての,ビデオリンク方式による証人尋問の拡充
(イ)「証人等もしくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させ若しくは困惑させる行為」がなされるおそれがあるときに,検察官は,弁護人に対して知る機会を与えた上で,これを被告人に知らせてはならない旨の条件を付する措置(以下「条件付きの措置」という。)や,場合によっては,氏名に代わる呼称,住居に代わる連絡先を知る機会を与える措置(以下「代替開示の措置」という。)の創設
(ウ)検察官及び裁判所は,証拠書類・証拠物・公判調書等を閲覧する機会を与えるべき場合においても,同様の要件の下で,条件付きの措置及び代替開示の措置の創設
(エ)裁判所・検察官は,条件付きの措置における条件に弁護人が違反したときは,弁護士会又は日本弁護士連合会に処置請求をすることができる規定の創設
(オ)公開の法廷における証人の氏名等の秘匿措置の導入,更には訴訟関係人の尋問,陳述の制限
である。
イ 今回導入される制度の問題点
(ア)ビデオリンク方式による証人尋問の拡充について
ビデオリンク方式の証人尋問は,憲法37条2項の保障する証人審問権を制約するものであるから,その範囲の拡大にあたっては,それによって実現されるメリットとデメリットを慎重に比較検討する必要があるといえる。
この点について,当会内で検討したところ
・ビデオリンク方式を用いれば,同一構内であっても,相当程度の心理的負担の軽減が一程度図れるとの意見
・同一構内以外の場所に証人が在席した場合には,尋問中に,証人に書証を示して尋問する必要が生じても,書証によっては,難しい場合も考えられ,真実発見や被告人の防御権の行使が十分にできないおそれがあるとの意見
・同一構内以外の場所に在席することにより,証人の心理的負担が軽減する場合があり,特にPTSDの事例においては裁判所への出廷自体が証人の症状を悪化させるのであって好ましくないとの意見
・書証を示す必要性が認められる場合には,予め同一構内以外に在席する被害者の近くに当該書証を準備しておくことで対応することも可能であるとの意見
などが出された。
以上の意見に鑑みると,本制度案において,ビデオリンク方式の拡充については,被害者の証言の確保というメリットと被告人の防御に不利益が生じ得ることのデメリットとの調整を慎重に検討すべき必要性があるといえる。
したがって,拡充に対して積極的に反対するものではないが,仮に拡充するとすれば,被告人の防御に具体的不利益が生じないことを要件として付加すべきである。
(イ)証人の氏名・住居に係る措置の導入
a 条件付き措置について
現在の刑事訴訟法299条の2においては,検察官が,弁護人に証人の氏名・住所を知る機会を与えるにあたって,証人の保護の必要がある場合には,弁護人に対して,被告人等にその氏名・住居等を知られないよう配慮することを求めることができる旨を規定されている。
それを踏まえると,今回の条件付き措置の設置は,上記規定によって課されている弁護人に対する配慮義務を超えて,検察官及び裁判所が,さらに懲戒処分の制裁の威嚇の下に,弁護人の配慮を義務付けまでできるようにするものと解される。
しかしながら,証人が有する「抽象的な不安」等の存在のみでは,既に刑事訴訟法299条の2に定められている弁護人の配慮義務ではまかなえない具体的な必要性が認められるとは言い難い。
そもそも,刑事訴訟法299条の2の反対解釈からすれば,弁護人が証人の氏名・住所を知った場合に,いかなる場合でも必ず被告人に知らせなければならないわけではないといえるし,逆に弁護人が被告人にこれらの情報を知らせることが刑事訴訟法299条の2の配慮義務にも拘らず常に正当化されるわけでもない。これらは弁護士自治のもと,弁護士職務基本規程等において規定し,対応すべき事項であって,その判断を検察官・裁判所に委ねることとする構造自体に,刑事訴訟法の制度趣旨や弁護士自治と抵触する可能性があるという問題がある。
他方で,証人の氏名・住所を弁護人が知っただけで,被告人にそれを伝えてはならないとすると,被告人の防御に不利益が生じる可能性がある場合もあり得る。
具体的には,被告人が証人について何らかの情報を有していても,証人の氏名・住所を知らなければ,被告人は,弁護人に対してこれらの情報を提供できず,結果として,反対尋問の準備に支障が生じるおそれが認められるのである。
この点について,本制度案においては,条件付け措置を講じた場合でも,「被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるとき」は,裁判所は条件を取り消さなければならないものとされている。
しかし,かかる規定は,実質的な不利益の証明責任を被告人側に負わせることに他ならないし,弁護人は予定する反対尋問の内容を事前に明らかにせざるを得ないことになりかねない。
b 代替開示の措置について
本制度案では,証人等の氏名・住所を知る機会を与えないことが可能とされているが,弁護人にさえも,証人等の氏名・住所を知る機会を与えないことは,防御活動に対する重大な制限であるといわざるを得ない。
この点について,本制度案において,代替開示の措置は設けられているものの,弁護人が証人に対して行う反対尋問等の準備にあたって,十分な内容になる保障はない。したがって,被告人の防御活動への重大な制限に繋がる危険性は払拭できない。
さらにいえば,このような重大な措置の第一次的判断権を,対立当事者である検察官に付与することは,刑事裁判における基本的な構造を歪めるものとさえいえる。
前述のとおり,弁護人が証人の氏名・住所を知った場合に,いかなる場合でも必ず被告人に知らせなければならないわけではなく,逆に弁護人が被告人にこれらの情報を知らせることは刑事訴訟法299条の2の配慮義務にも拘らず常に正当化されるわけでもない。これらは弁護士自治のもと,弁護士職務基本規程等において規定し対応すべき事項であって,その判断を検察官に委ねることとする本制度案の構造自体に,やはり問題があると言わざるを得ない。
c 小括
以上よりすれば,当会としては,証人の氏名・住居に係る措置については,弁護士自治のもと,弁護士会が職務基本規程等において適切な対応をすることで解決するのが相当であり,答申において提案される措置の導入には反対である。
(ウ)公開の法廷における証人の氏名等の秘匿措置の導入
刑事訴訟法において,被告人の防御を保障した上での真実の発見が目的とされている以上,当然,刑事訴訟における尋問又は陳述の制限には,慎重である必要がある。
そして,本制度案においては,「犯罪の証明に重大な支障を生ずるおそれがある場合」及び「被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがある場合」は制限出来ないとはされている。
しかしながら,上記の例外要件は,「重大な」「実質的な」という文言から,必要以上に狭く解釈されてしまう危険性がある。
したがって,このような要件は,当初の目的の達成を妨げるおそれがあるものであるため,上記の文言は削除すべきものと考える。
ウ 小括
以上のとおりであるので,今回の制度案における
(ア)ビデオリンク方式の拡充については,被告人の防御権に配慮しつつ慎重に検討するべきである。
(イ)証人の氏名・住居に係る条件付き措置,代替措置の導入に関しては,刑事訴訟法の理念及び弁護士自治と抵触するものであるため,制度化すべきでない。
(ウ)公開の法廷における証人の氏名等の秘匿措置の導入に関しては,少なくとも尋問・陳述の制限を安易に認めるような内容や,被告人の負担を増加させ,防御権の行使を妨げるような内容になりかねないものであるので,文言の変更を行うべきである。
(6)弁護人による援助の充実化について
ア 今回導入される制度の概要
弁護人等による援助の拡充について,本制度案では
(ア)勾留状が発布された被疑者事件の全件への国選弁護制度拡大
(イ)捜査機関が,身体拘束された被疑者に対し,弁護士会等を指定しての弁護人選任権の告知することの義務付け
が行われることとなっている。
イ 今回導入された制度の問題点
(ア)本制度案のうち,上記ア(ア)のとおり,被疑者国選弁護対象事件が勾留状が発布された事件の全件について拡大されたことは一定の評価がされるべきである。
もっとも,これまでの冤罪事件では,逮捕直後に虚偽の自白を強いられたことが原因であるなど,逮捕直後の取調べに問題があることが少なくなかった。そして,逮捕直後の捜査機関による取調べ状況が可視化され,録音録画がなされたとしても,当該取調べが弁護人によるアドバイスを受ける機会がなされていない状況の下で行われた場合には,被疑者の防御権が十分に図られているとはいえない。
(イ)また,上記ア(イ)のように,捜査機関に弁護人の選任権の告知義務が規定されたことにより,弁護士のアドバイスを受ける機会が増加することは,一定の進歩であると認められる。
しかしながら,本制度案においても,逮捕段階での公的な弁護制度の導入に至っておらず,いまだ不十分であると言わざるを得ない。
(ウ)さらに,本件項目については,付帯事項において,「併せて,被疑者国選弁護制度における公費支出の合理性・適正性をより担保するための措置が講じられることが必要である。」とされている。
そして,この付帯事項の趣旨は,本制度導入に伴う予算措置が十分なされないかのようにも受け取れるものである。
(エ)身体拘束直後の被疑者を担当する弁護人は,前述したように捜査機関による取り調べが進む前に,少しでも早く接見しアドバイスすることが求められ,他の業務に優先して弁護活動に取りかかる努力義務がある。このような迅速かつ充実した弁護活動が担保されるためには,当該弁護活動を十全ならしめる程度の十分な予算確保が不可欠である。
したがって,被疑者国選弁護に関して理想的な制度設計を行ったとしても,十分な予算措置が伴わなければ,当該制度の運用において破綻することは明らかである。
ウ 小括
以上のとおりであるので,本制度案においても,逮捕段階からの被疑者弁護制度が設立されていないことは不十分である。また,現在における被疑者国選弁護も,決して十分な報酬水準とはいえないため,当該報酬水準は,最低限維持されなければならず,むしろ今後の充実した弁護活動を推進するためには,報酬基準を引き上げることも検討すべきであるところ,本件制度案においては,そのような措置の検討がなされた形跡がない。
したがって,本制度案をそのまま運用することについての現実的な検討が不十分であり,本制度案は,予算面から破綻する危険性がある。
第3 結論
1 本制度案には,被疑者国選弁護の拡充など評価できるものもある。また,上記第1の1の取調べの可視化について,一部であれ,法的に義務化することは,現行の捜査機関の裁量で録画・録音を行う制度よりは,評価できるものである。
2 しかしながら,以上述べたとおり,本制度案に関しては,以下のように問題点が多くある。すなわち,
(1)取調べの可視化については,全面的に可視化を行うべきであるにもかかわらず,本制度案ではこれがなされていないため,不十分である
(2)合意制度や刑事免責制度において,現行の刑事訴訟法における伝聞例外の規定との矛盾・抵触が考慮されておらず,十分な検討がされた上での制度変更とはいえない
(3)通信傍受法の拡大については,憲法で保障される通信の自由の侵害となる可能性が極めて高い
(4)証拠開示方法については,その内容が不十分で,検察官の更なる証拠隠しにつながりかねない
(5)被害者・証人等の支援制度については,被告人の防御権を侵害する可能性があるだけでなく,刑事訴訟法の理念や弁護士自治と抵触するおそれもある
(6)被疑者国選弁護制度の対象が勾留された被疑者の全件に拡大された点は評価されるべきであるが,逮捕段階からの公的な弁護制度が導入されるに至っておらず,また,付帯事項において公費支出の合理性・適正性等の意味するところが制度に伴う予算措置がなされないおそれがある
ものである。

したがって,当会としては,本制度案について,上記で述べた点について問題があると考えるため,同制度案がそのまま法制化されることに反対する。

以上