声明・決議・意見書

会長声明2008.05.28

全国学力・学習状況調査についての会長声明

広島弁護士会
会長  石口俊一

1  文部科学省は、2008(平成20)年4月22日、前年度に引き続き全国の小学校6年生、中学校3年生の全児童・生徒を対象に、全国学力・学習状況調査(以下「全国学力調査」という)を実施した。
全国学力調査は、学校の設置管理責任者(教育委員会・学校法人等)の協力を得て、実施することとされているが、前年度に引き続き本年度についても、全国の殆どの公立学校が参加し、広島県内についても、全ての公立学校がこれに参加した。しかも本会が事前に広島県内の各教育委員会にアンケートを実施したところ、学力調査への参加の是非について、特に議論をすることのなかった教育委員会や、文科省が求める調査だからという理由だけで参加を決定した教育委員会が多数みられた。
2  かつて最高裁は、旭川学力テスト事件判決(1976(昭和51)年5月21日)において、当時実施された全国学力テストについて、その調査方法が、文部大臣(当時)が直接教育そのものに介入するという要素を含み、また、調査の必要性によっては正当化することができないほどに教育に対して大きな影響力を及ぼし、文部大臣の教育に対する「不当な支配」(旧教育基本法10条1項)となるものではないか、という観点から慎重に検討している。同判決は、結論としては、当時の学力テストは試験問題が平易であったことや調査結果を公表しないこと等を指摘し、教育に対する強い影響力、支配力はないとして違法性を否定したものの、全国学力テストが与える影響力について、「各クラス間、各学校間、更に市町村又は都道府県間における試験成績の比較が行われ、それがはねかえってこれらのものの間の成績競争の風潮を生み、教育上必ずしも好ましくない状況をもたらし、また、教師の真に自由で創造的な教育活動を萎縮させるおそれが絶無であるとはいえない」との懸念を示している。
また、2004(平成16)年、子どもの権利条約第44条に基づいて、締約国である日本政府の提出した報告書を審査した国連子どもの権利委員会は、日本の「教育制度が過度に競争的であるため、子どもの肉体的精神的健康に悪影響を与え、子どもの能力を全面的に発達させることを阻害している」と述べ、日本の子ども達が成績重視の過当競争に晒されていることを指摘している。
3  ところで、文科省は、前年度の全国学力調査の調査結果について、都道府県教育委員会に個々の市町村名及び学校名を明らかにした公表は行わないこと、市町村教育委員会に、個々の学校名を明らかにした公表は行わないことを配慮事項として掲げてはいるが、実際には、公表している学校が多数あり、さらに、報道によれば、広島県内には、各学校に公表するよう指導している教育委員会さえある。また、教育委員会が積極的に公表しなくとも、現在では、殆どの自治体において情報公開条例が制定されており、調査結果の公表は避けられないことが懸念される。
調査結果の公表により、各学校間、地域間の成績が比較され、その結果、子ども達は過当な成績競争に晒されることになる。
実際、全国学力調査が行われることにより、教育現場において、成績重視の風潮、教師の自由で創造的な教育活動を妨げる状況をもたらしている。
例えば、前年度において、広島県北広島町教育委員会は、点数の向上を図るため、独自に問題集を作って配布し、事前に対象の児童・生徒に解かせ、各学校から正答率などの報告を受けていたことが報道により判明した。また、このような弊害が前年度においてあったにもかかわらず、本年度においても、滋賀県教育委員会において、実施日直前に域内の市町教育委員会に対し、前年度の出題傾向をもとに作成した類似問題の活用を促していたことが報道された。このように、教育現場においては、全国学力調査での点数を上げることだけを目的とした教育が強いられるという不正常な事態が、依然として発生している。
このような事態に鑑みると、全国学力調査は、同最高裁判決が指摘するような教育に対して大きな影響力をもたらしているというべきであり、「不当な支配」(教育基本法16条1項)に該当するおそれがある。
さらに、東京都が実施した学力調査ではあるが、足立区内の学校で、障害のある子どもたちの結果を集計から外すという不正が行われていたことが報道により判明した。このように、障害のある子どもに対する差別、学習権を侵害する事態が実際に発生しており、全国学力調査においても同様の事態が発生する危険性がある。
4  文科省は、前年度も本年度も学力調査の目的として全国的な義務教育の機会均等とその水準の維持向上の施策を掲げているが、それならば、全国の該当学年の児童・生徒全員に対して行う必要はなく、調査対象を抽出するいわゆる抽出調査で足りるものと考える。
5  よって、当会は、全国学力調査は、「不当な支配」(教育基本法16条1項)に該当するおそれがあるほか、子どもの全人格的な発達を阻害し、障害のある子どもに対する差別を招くなど、子ども一人ひとりの個性に応じた弾力的な教育を受ける権利(憲法26条,子どもの権利条約28条,29条)を侵害するおそれが大きいことを懸念し、文科省には,次年度以降、悉皆調査による全国学力調査を実施しないよう求める。また、広島県下の各教育委員会には、悉皆調査による全国学力調査に参加したことに抗議し、今後は,参加しないよう求める。

以上