声明・決議・意見書

会長声明2012.09.19

発達障害を有する被告人に対する大阪地裁判決を受けての会長声明

広島弁護士会
会長 小田清和

本年7月30日、大阪地方裁判所第2刑事部は、アスペルガー症候群という発達障害を有する被告人が犯した殺人事件について、検察官の求刑(懲役16年)に対して、殺人罪の有期刑の上限である懲役20年の判決(以下「本件判決」という)を言い渡した。
本判決は、「犯行の動機の形成に関して、被告人にアスペルガー症候群という精神障害が認められることが影響している」と認定し、かつ、被告人が未だ十分な反省に至っていないことについて「被告人が十分に反省する態度を示すことができないことにはアスペルガー症候群の影響があり、通常人と同様の倫理的非難を加えることはできない」と認定しながら、「いかに精神障害の影響があるとはいえ、十分な反省のないまま被告人が社会に復帰すれば、・・・被告人が本件と同様の犯行に及ぶことが心配される」こと、及び「社会内でアスペルガー症候群という精神障害に対応できる受け皿が何ら用意されていないし、その見込みもないという現状の下では、再犯のおそれが更に強く心配される」ことを理由として、「被告人に対しては、許される限り長期間刑務所に収容することで内省を深めさせる必要があり、そうすることが、社会秩序の維持にも資する」という量刑理由を述べている。
しかし、被告人がアスペルガー症候群という発達障害を有することは何ら本人の責めに帰すべきことではないにも関わらず、本判決が当該発達障害をもって再犯のおそれを強調して刑を加重したことは、刑法の根本原則である責任主義(行為者を非難できる場合にだけその行為者に責任を追及でき、刑罰は責任の分量に比例して決定されなければならないというもの)に反する点で問題がある。また、社会秩序の維持のためにも許される限り長期間刑務所に収容すべきとの本判決の考え方は、発達障害者を社会から隔離する発想であって、現行刑法が規定していない保安処分(行為者が将来犯罪を犯す危険が存することを基礎として、施設に収容して社会防衛を図ろうとするもの)を下すに等しいという点でも問題がある。
さらに、本判決が、発達障害に対応できる社会の受け皿の欠如を指摘している点も、発達障害者への支援体制が整いつつある現状を誤解するもので問題である。すなわち、アスペルガー症候群を含む発達障害には、社会性障害や対人コミュニケーション障害といった特性があるところ、平成17年に施行された発達障害者支援法は、国及び地方公共団体の責務として、支援センターの設置など必要な措置を講じるものとしていて、実際にこれに基づき全ての都道府県に発達障害者支援センターが設置されている。また、矯正施設(刑務所等)から退所してくる障害者や高齢者等の社会復帰を支援するため地域生活定着支援センターも全ての都道府県に設置されている。さらに、平成25年4月1日施行予定の障害者総合支援法は、意思疎通困難な障害者に対して意思疎通支援等の支援を行うことも予定している。本判決は、このように発達障害者の特性もふまえた支援体制が年々拡充され、整いつつある現状を看過したまま量刑判断に至ったもので、極めて遺憾である。
本判決の背景にある発達障害の障害特性及び発達障害者支援の現状への理解不足ないし誤解が社会一般に広まり、発達障害者に対する差別を助長するようなことは決してあってはならないことである。この点、わが国は,平成23年8月に障害者基本法を改正し,障害者の権利に関する条約の批准のための準備を行っている。改正障害者基本法は、障害者の定義を「身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む。)その他の心身の機能の障害(以下「障害」と総称する。)がある者であつて」として発達障害を含むことを明記し、「全ての国民が、障害の有無にかかわらず、等しく基本的人権を享有するかけがえのない個人として尊重されるものであるとの理念にのつとり、全ての国民が、障害の有無によつて分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会」の実現を目指している。そしてこのような社会実現のための国及び地方公共団体の責務として、基本原則(①地域社会における共生等、②差別の禁止、③国際社会との協調)に関する国民の理解を深めるよう必要な施策を講じることを規定するとともに、国民の責務として、基本原則にのっとりこのような社会の実現に寄与するよう努めることを規定している。
そこで、当会は,国及び地方公共団体に対して、発達障害者に対する偏見や予断に基づく差別が行われないように全国的な広報の充実と共生社会を実現するための環境整備を更に充実させることを求めるとともに、広く社会に対して発達障害者に対する正しい理解と支援の必要性を訴えるものである。

以上